未だに現実として受け入れることができません。
その訃報を知ったのは、
10月29日月曜日の19時ごろ、
フェイスブックでK君が本山さんタイムラインに書き込んだメッセージ・・・
そこには『ご冥福をお祈り致します』と・・・
正直、私には理解不能、意味不明だった。
しかし、
タイムラインに同じ内容の言葉ばかり・・・
慌てて調べると、
10月28日日曜日の午後に磐梯山で倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまったと・・・
あまりにも突然過ぎて、何のことだか理解できず
今もまだ信じられませんし、受け入れる事ができないままでいます。
本山博之プロとは…
本山さんの事を知ったのは、
確か1995年?もしくは1996年?のバスワールドの誌面だった。
その内容は、
霞ヶ浦から赤羽プロと一緒にスキーターを牽引して訪れた福島県の桧原湖での釣行。
私は1994年から桧原湖に通い続け、桧原湖に関すること、スモールマウスバスに関することについての情報に飢えていた。
そんな私にとって、このバスワールドの記事は深く印象に残っている。
釣行1日目は2人そろって、まさかの完デコ!
私もそうでしたが、ラージマウスバスの感覚でスモールマウスバスを釣ろうとすると陥ってしまうワナにハマってしまったのだ。
その夜、反省会で2日目はトラウト寄りの釣りにシフトすると決めたらしい。
タックルなども見直し、フィネス寄りにした2日目、最後に47cm(たぶん?)のスモールマウスバスを釣り上げることができたのだ。
この1匹が本山さんの人生を大きく変える事になるとは、本人も思っていなかったでしょう。
その後は、どっぷりとスモールマウスバスと桧原湖にハマった事は知ってる人も多いでしょう。
スモールマウスバスの生態を確認するために、年間を通じて桧原湖に通うこととなり、その内容はバスワールドの誌面でも度々載っていた。
その蓄積されたデータは、のちに爆発的なヒットとなった『スモールマウスバイブル』という1冊の本になって発売され、
私も穴が空く位読みあさっていました。
また週間ルアー&フライという釣り新聞では、自身のコラムページを持ち、その内容はスモールマウスの事ばかりだった記憶がある。
やがて霞ヶ浦だけでなく、桧原湖でのガイドを始めるようになり、その頃から派手なブルーメタリックの
レンジャー(482VSか519DVSのどちらかだったような気が?)を湖上でよく見かけるようになった。
しかし、話したことは一度もなく、ただ憧れの人だった・・・
本山さんとの出会い
そんな本山さんのことをさらに凄いと思ったのが、2001年に開催されたマルキュー主催のエコギアカップだった。
当時、私は田辺哲男さんの大ファンでもあったため、田辺さん目当てでゴールドハウス目黒さんで行われた初日のセミナーに参加した。
田辺さんは本場アメリカでのトーナメントにも参加していた人なので、スモールマウスバスはアメリカでは釣ったことがあったそうですが、
日本ではまだ無かったそうで、桧原湖ではデカイザラスプークをブンブン投げていたと語っていました。
そんな田辺さんは桧原湖でデコってしまい、本山さんに『もっと細いラインを使わないと』とダメ出しされた言い、
あまり多くを語りませんでした。
そして、トークは本山さんにバトンタッチされ、色んな事を語ってくれたので、全部は覚えていませんが、
この人凄いと思ったのがダウンショットリグのリグり方!
フックにラインを結んだ後、そのラインをフックのアイに通し、さらにフックのフトコロ近くでもう一度結ぶという方法を教えてくれた。
何が凄いのかと言うと、フックが2点で固定されるため、ロッドアクションがダイレクトに伝わるという発想!
これを聞いたとき、初めてこの人のガイドを受けてみようと強く思ったのを今でもハッキリと覚えています。
ちなみに、このエコギアカップ、実は絶対に参加しようと思い、中古のV12フィートアルミを本気で買おうと思っていたのですが、
他所の人に買われてしまい計画は頓挫しました(笑
更にエコギアカップ本番の2日目の日曜日は仕事になってしまい、土曜日のセミナーだけを聞いて帰りました(笑
初ガイド
エコギアカップが開催された翌年の2002年、ついに私は念願の本山プロガイドを申し込んだ。
ガイド前日から裏磐梯のペンション『マーベリック』に泊まったのだが、
興奮のあまり全く寝れなかった(笑
そしてガイド当日の朝、集合場所でアノ洗礼を受けることとなる。
ガイドを受けたことがある人ならピンと来たと思います。
そう、
本山さん恒例の、
『タックルダメ出し攻撃』である(爆
所有しているロッドやリールに執拗なまでの攻撃が行われ、
大好きな田辺さんが生み出した私の愛竿『ロードランナー』は全否定されてしまい、
正直イラっときました(笑
そんな私の心を読めない本山さんは、黙々とタックルをセットし、私はテンションだだ下がりでした。
そして入船スロープに移動し、人生初めてのガイドとバスボートを体験することに。
本山さんの愛艇は2001年末(確か11月か12月だったような気が?)に乗り換えたばかりの新艇
Ranger520DVX
今まで乗ったボートと言えば、磐松(ゴールドハウス目黒さんの前にあった地元お婆ちゃんが営んでいたボート屋)さんの手漕ぎボート、
桧原漁協(後に消失)さんのつりっ子太郎にハンドエレキ、こたかもりさんのローボートにハンドエレキしかなく、
憧れのバスボートに一気にテンションアップ!
当日の天候は小雨から午後から晴れに変わるといった状況。
目的地に着いて、本山さんは開口一言『ダブルスイッシャー持ってる?』
私が得意とするトップの釣りは『ペンシルベイト』なので『持っていません!でもシングルスイッシャーなら・・・』と言って
へドンのベビートーピードをタックルボックスから差し出した!
『じゃあ~ソレでイイよ!』と冷たい返事だった(笑
『あの辺投げて!』またもや冷たい一言(笑
ただでさえ緊張しているのに、冷たい一言を浴びせられ緊張感マックス!
普段どおりのキャストなんてできるわけ無い。
初心者かと思うような方向へルアーは飛んでいき、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
すると『そんなに緊張しないで』と言われたが、そう簡単に緊張が解れるわけない。
下手っぴキャストが続くなか、ついに私は本山さんの愛艇であり新艇の
Ranger520DVXを釣ってしまった!
正確には、キャストした瞬間パッセンジャーシートにヘドンのベビートーピードが鬼フッキング!
フックがぐっさりとシートに刺さってしまった。
頭はパニックになり、慌ててフックを外そうとすると、サッと本山さんが外してくれた。
穴の空いたシートはライターで焙り補修していた。
恐らく本山さんのRangerを釣ったのは私だけだろう。
不思議とそれ以降は緊張も解け、普通に釣りができた。
その後、あの有名なテンプトスイングベイトやダウンショット、ハードルアーのキャロライナリグなど多彩な釣りを展開し、
桧原湖のスモールマウスを釣らせてくれた。
ただ、スイングベイトで使用していたリールは、ラインが短かったため、スプールとの結び目でラインが引っかかり、
飛距離が出ず(汗
それを本山さんが見かねて『ライン巻き変えよう』と言って、昼休憩にラインを出してきてくれてあのバリバスをタダで巻いてくれた。
それまでラインは安いものしか使ったことが無かったのだが、高価なバリバスは異次元だった。
飛距離は出るし、ラインはしなやかだし、高価なラインはこうも違うのかと驚いた。
午後からは天候が回復したせいか、釣果は落ちたが、アッと言う間の内容の濃い一日だった。
最後は本山さんの愛艇Ranger520DVXと一緒に記念撮影をして満足な一日だった。
そして、今思えば、本山さんはこの時からダブルスイッシャーの威力を感じ、その凄さに気づいていたんだなと思う。
後編へ続く(爆