こんばんは!
今日の記事は
特に長ーくなります(笑)
そしてちょっぴり重たい部分も。
わたしの子供時代があって、
自立してからの時期をワープして(笑)
そして、今感じること。
わたしの両親は、
再婚同士だった。
父と、わたしの6才上の兄。
母と、わたしの3才上の兄とわたし。
わたしが、
小学2年生になる年に再婚。
当時、埼玉に住んでいましたが、父の故郷である福島へ引越した。
連れ子がいる同士の再婚。
当時7才の自分には、
随分たくさんの制約が課せられた。
わたしには、
もとの「パパ」の記憶は殆どなかったので、
「ママ」が居てくれれば、
それでよかった。
(笑顔は少なかったけど、
笑ってくれる「ママ」がいてくれたら、、
それだけ願っていた幼い頃)
そこへ
引越しをして、
新しい父、兄、祖母と同居する環境に
飛び込むように、
ううん。
突き飛ばされるように入って行ったのだから、
もうたいへん!!
振り返ってみれば、
当時は今のように言葉も多く持たず、
説明することも、
その勇気も持っていなかったから、
全てに、
従うしかなかった。
「制約」に話を戻します。
当時わたしは
母を「ママ」と呼んでいた。
甘えん坊のわたしは、
「ママ」と呼ぶことを気に入っていた。
でも、
新しい父は、とても怖くて、
とても「パパ」と呼べる感じではない(笑)
「お父さん」に合わせて、
母のことも、
「お母さん」と呼ぶようになった。
6つ上の兄のことは、
名前で呼んでいたので、
父は、
3つ上の兄のことを
「お兄ちゃん」と呼ぶことを禁じた。
兄も当然、
面白くないし、複雑だったはずだから、
兄妹の関係は凍りついたものになった。
わたしが笑うと、
兄はいつもわたしを睨んだ(><)
何よりのストレスは、
祖母だった。
母をよく思わないのか、
子供のわたしにはよく分からなかったけど、
毎日のように、
わたしが学校から帰宅すると、
母に対する悪口を
わたしに向けて発した。
わたしを、
孫とは思っていないと、
母から聞いたこともあった。
毎日、、、
新しく家族を得たはずなのに、
制約だらけで、
どこか、
失ってばかりに感じていた気がする。
実際に、
家が地獄のようなので、
学校がとびきり楽しい訳ではなくても、
学校にいた方が気楽だった。
子供ながらに、
一生続くかに思われた祖母の嫌味。
一生、変わらないんだろうな、、、
そんな風に感じていました。
(姑いじめではなくて、孫いじめでした(゚o゚;
こんな状態は日常として続き、
「結婚って、家族って一体何だろう?」
と疑問に思っていた子供のわたしは、
そんな息詰まる生活を
当たり前のものとクールに諦めつつ、
でもどこかで、
愛に溢れたあたたかい家庭に
憧れ、そんな自分を自分自身からさえ
隠しながら育った。
(あまりに長くて文字制限が!)
続きは 後編 にて(^^)

