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Keep Looking Up

Keep looking Up=人生のおまじない。

空を見上げて想うこと。

日本に帰ってきて2週間。なんだかまだ慣れていない生活泣きたいくらい日本に帰りたい時もあったのに今ではシアトルに帰りたいと思う。不思議だなぁ家族も友達もいるのに何かが足りなくて。それが何かも分からなくて。おいしいごはんだってたくさんあるのに、シリアルばっかり食べてたことを思い出す。懐かしいなぁって

でももちろんうれしいことだってあった。帰国してすぐに迎った研修合宿。年も出身地も専攻も全くバラバラな10人。繋いでいたのは『なにかしたい』っていう気持ち。大変なこともあるけどこのメンバーでいくフィリピンボラスタがすごく楽しみになった☆

合宿終わってからは渚とりなと舞子と舞子の彼氏さんとその友達とカレー鍋久々にバナナメンバーに会ったけど、離れてた時間を感じないくらい自然だったやっぱりバナナメンバーは落ち着くでもって楽しい最高の仲間だってことを実感しました。

今日は横浜大学まで下見and優子のお家にお泊まり♪昨日の夜にibtやってみたけど難しくて撃沈でした明日は祈りながらベストを尽くしてこようと思います(*^^*)

優子に会ったらきっと緊張もほぐれるはず
2009年の占いを見たときに書いてあったことがあります。

『1月中旬、ふとvisionがクリアになるでしょう。自分探しの旅はゴールに近づいています』

いいことだけを信じきっちゃうひーちゃんはこのことをテストの結果だと考えていました。その結果により変わってくるのもが多すぎたから。

心の中では『だめだったかな』と思ってもどこかでは『できたかも』とも思ってた。2高の受験発表とまるっきり同じような気持ちで。

10点足りない結果に久しぶりに泣いた夜。100%の悔し涙。留学して2年たつのに伸びきらない英語力にいらいらして。アメリカにいるくせに『英語なんかだいっきらい』って思った

そんなときに遠く離れたベガスから厳しくも優しい言葉をもらいました。

『あれがひみの本気だった??1番がんばってた中3の自分を超えてみたら?』

後にも先にもあの1年ほどがんばったことはない。もちろん留学してからも勉強量で中3の自分を超えたことはない。もっとがんばれたのかもしれない。やったと思ってても、足りなかったんだって、甘かったんだって分かった。

その日の夜、ずっと寝付けなくて、そんなひみを心配してくれたサンフラのちえと朝の5時近くまで話していました。ELSのころからの自分たちの変化を一緒に見比べて、気づいたことがいくつか。

難しいな、できないだろうなってあのころ思ってたことは、知らないうちにできるようになったことばっかりだった。英語でエッセイ書くこと、授業受けること、卒業すること。普通に流れていた時間の中で、よく目を凝らしたら、『がんばったね』って言えるんじゃないかなって。たとえテストとか点数っていう結果にならなくても何か自分のなかにあるならそれでいい

今日は大学で出願、出願。行く先が分からないのはこんなにも不安になるものなんだなぁって。どこか他人事みたいに思えるのは、きっとダイジョブだって思える、自身に似た何かがあるからだろうなぁ。どこで何をしていても、それが全部の終わりじゃない。みたいに大きく構えていられるときとそうじゃないときがあるけどがんばる

そんな中なのに、気になって気になって仕方がないことが1つ。前から行きたい国がある。そのサイトを見ていて、行きたい気持ちは膨らんで

1月中旬、ふとvisionがクリアになるでしょう。

その『ふと』した瞬間を感じました。なんていうと、おかしな子みないに思われそうだけど^^笑 直感だったけど、そんな直感を久しぶりに感じた。見るべきものがあるんじゃないかな。自分の目で見てみたい。そんな直感。

2009年も始まってもう10日。新年の目標も自分の中ではっきりしないままの年明け、曖昧なままの現在。去年までの自分だったらきっと今頃も落ち込んでたと思う。

大学を卒業して、3週間くらいの冬休みはほんとに楽しかったLAでの小旅行にディズニーランド、SEATTLEに戻ってからもクリスマスにキムチうどん

2年間、休むことなくしてきた幼稚園のバイト、課題に追われる生活。走りつづっけぱなしだったそんな生活を少し懐かしむことができるほど、ゆっくり自分ペースだった冬休み。

前とは違う自分がいることに気付いた。変わったなぁって自分でも思った。何か大きな機会がどーんってあったわけじゃないけど、それさえも気付かないままきっと2年間走り続けていたんだなぁって思った。

いやなことがあっても辛いことがあってもネガティブにはならなくなったかなそんなことを思う。きっと大丈夫だって、どこかに変な自信があって、でもたぶんそれは今までの2年間から生まれたものなんじゃないかなとも思ったりして。

行けると思っていた大学に行けないかもと初めて分かった時、目の前が真っ暗になった。予想外のことに自分でも冷静に判断できないとこがあった。行くためにテストを受けなおして、半端じゃない緊張とプレッシャーに負けそうにもなって、それでもやっぱり諦めたくなくて。2高に受かった時、自分は人生の運を全部使い果たしたって思った。むしろ、2高に受かったからこの先運がなくても仕方がないとも受け止めてた。だけどやっぱりピンチになると『あー神様。運を下さい』ってお願いしたくなる。

予想してた進路とは違うことに戸惑いながら、その中で新しく見えた選択肢もある。『頑張りなね』って支えてくれる家族がいる。それぞれの道で頑張ってる友達がいる。いやな顔ひとつせずに推薦書を書いてくれる教授達がいる。書かれてる推薦書はまるで他の人のものじゃないかなって疑うくらい良く書いてあって、先生達はみんな『glad to have you in my class. Good luck for your study』って言ってくれる。悩みながら書き直しを繰り返して書いたpersonal statementも今日private tutorの先生に見てもらって最終手直し。

そのエッセイを読んでいて、思ったこと。今までの経験、どれか一つでも欠けてたら今の自分じゃなかったなぁって。自分はこんな人間です、こんなことが出来ます、そんな表現力が求められる出願エッセイに最後でようやく満足することができた。初めて世界に興味をもったアメリカ同時多発テロから7年近く。オーストラリアやNYでの経験、それからシアトルでの大学生活、上海への留学、すべてが繋がってクリアになった。

毎日、ポストを開けるたび、心臓はドキドキを超えてバクバクに変わる。でもどんな結果でも受け止められる。そう思う。2高の合格発表みたいに。もしダメでもそれが人生の終わりになるわけじゃない。何かしらのステップになるはず。見えない糸に引っ張られてるのかもしれないし、偶然が重なって進むべきとこに行こうとしてるのかもしれない、選択肢の中から選んでるのは自分のようだけど、結果はきっと努力+運なのかもって。でもその運は自分が行くべきとこに行くための道しるべだったりするのかも(。・ω・)ノ゙
相変らずの5時起きで、お仕事へ。今日は雨が降ってない^^ まだお月様が見えて、冷たいんだけど、冬の朝の空気がスキ♡ 誰もいない大学内の道を鼻歌歌って歩いてく。

T1のクラスを開けて、1日の準備開始☆お掃除して、ベットのシーツ着けて、1人1人の様子を日記に書いて、朝ごはん用のミルクカップ作って、お水のカップも作って、朝ごはんを準備。そうしてるうちに、7人のbabies達が集まってくる。

新しい言葉を覚えたAvah。クラスにあるおもちゃを全部落としながら『oh-oh-』って♡ ごはんを見る度に『na-na-』って行って着いてくる。目が合うたびに笑ってくるJason。歩く練習したがるDoria。小さな手で手を握ってくるmeili。窓を見ながら鳥さんとお話してるolga。とことこかけまわるRome。みぃんな毎日成長してる。『なんで生きてるの?』『生まれてきて価値があったの?』そんなことをニュースとかで目にするけど、別に意味もなにもないんじゃないかなって、この子達見てるとそう思う。意味のためだけに、価値のためだけに生きてるんじゃなくて、生まれたから一生懸命生きてる。それでいいんだと思う。こんな小さな子に生きてる意味を聞いても、それよりもなによりもAvahは食べることを選ぶだろうし、Meiliはおもちゃを放さないと思う。その時間が好きだから、笑顔でいたいって思うから、そうしてるだけで、きっとそこに意味なんかないんだと思う。大人になると変に物事を難しくしがちだけど、この子達を見てると、ありのままの生き方がすごく大事に見える。明日もあさっても、一緒に笑っていたいと思う。

仕事終わりはズンズン歩いてカフェテリアで休憩。chemで一緒の友達とおしゃべりして宿題して、クラス行って。慣れてきた大学での生活だけど、まさかここで高校のとき大嫌いだった化学をもう一回やるとは思わなかったなぁ。そのあとは音楽のクラスでピアノ弾いて。自分のリズム感のなさに泣きたくなります><そのことをママに言ったら『パパもママもにぃにも音楽できなかったから仕方ないよー^^』で終わりました笑 家系なら仕方ない☆笑 

化学ではshawnやkenやお姉ちゃんと一緒に、音楽では日本人の女の子と先生がいっつも助けてくれて、なんとか頑張ってる毎日。

その後、NGOのボランティアをネットで見てて。かおり先輩から教えてもらったボランティアを考え中。最近、前より途上国に魅かれる。JANICの写真見てもワークキャンプ見ても。きっと、そこにいる人が好きなんだろうな。かおり先輩が言っていました。『なんにもなかったけど、目がきらきらしてる子ばっかりだった。日本にはないものだったんだ。』その言葉の意味が中国に行った後の今なら分かる気がして。JANICの先輩もみんな言う。途上国に行くと価値観全部が変わる。何もない場所。豊かじゃない場所。不便な場所。でもそこで暮らす人たちは本当に幸せそうな顔をしてる。人間らしい生き方をしてる。一生懸命生きてる。発展しちゃった国にはないものを持ってる。国は豊かじゃないけど心は豊か。そんな人たちにもう一回会ってみたいって思う。その人たちのためになにかしたいって思う。

geologyの後、図書館で英語のテストの勉強して帰る途中、jenniferに会った。そんな話したことないんだけど、他愛もない話をして、笑顔になった。

ちっちゃい幸せはいっつも近くにあるんだなぁって感じた日。
ちょうど一昨日、JANICのサポート募金の締め切り。2つのNGOの団体様の音源聞いて原稿にして募金の数を増やせるように。毎回NGOで働く方の考え方にはいろいろ学ばせてもらっていて。特に、そういう分野で頑張ってる人ってすごい真っ直ぐで熱い気持ち持ってる人ばっかり♪

そのうちの1つの団体、アジア学院。他のNGOとは違って途上国の人を日本に呼んで農村開発を一緒に勉強しているとこがユニーク。そこの理事長さんがこんなことを言っていました。

『人間誰でも行き詰る時がある。そんなときは土を触ると元気になるんだよね。』

すーっと気持ちに響くものがありました。生まれたときから畑ばっかりの環境で育ったから、自分の家が自給自足的な生活をしていることも東京に出るまで気付かなかった。。でも、自分達が食べてるものって土から生まれてるし、なにより土触ってると元気になる楽しくって♡

『食べ物=命』だったことを忘れがち。そう言う理事長さんの言葉もまた深いものだなぁって。食べてる鶏肉、きっと屠殺されてるとこ見たらその後すぐ食べれないだろうな。でもそれが、命であったことを知るのにはスーパーで買うだけではきっと伝わらない。

もう1つ。同じJANICのNLで神宮時先輩が書いていた言葉。

『今まで身につけてきた物、得てきたものをゼロにしてみる。そうすることで違った角度から新たな発見をすることがある。』

JANICの先輩はみんな芯があって、教えられることもいっぱいなんだけど、神宮寺先輩のコメントは、なんだかいい意味でリラックスできる言葉だったなぁ。ゼロになった時初めて自分が見える気がして。

昨日の夜に一緒に上海に行ったJamesとチャット。いろいろ聞いてもらって言われた言葉があります。

learn how to rely on yourself.

もし周りに頼る人がいなかったら、頼れるのは自分だけ。だとしたら、自分に頼る方法を学ばないと。つらいことも淋しいことも自分の中で処理できる力。大人になることでもなんでもなく、そういう状況にいたらいやでも思い知る。自分の無力さ。でも、そこで立ち止まるだけじゃなくて進んでいかないと。自分のことを信じて頼っていかないと。強くならなきゃ。

小さいかもしれない。でも、大きな意味を持つ言葉達が、心の中に入って前に進む力をくれてる気がする。