中島京子「かたづの!」感想 | S blog  -えすぶろ-

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-人は年をとるから走るのをやめるのではない、走るのをやめるから年をとるのだ- 『BORN TO RUN』より
走りながら考える ランニング・読書のブログ

 


慶長五年(1600年)、角を一本しか持たない羚羊(カモシカ)が、八戸南部氏20代当主で ある直政の妻・袮々(ねね)と出会う。
羚羊は彼女に惹かれ、両者は友情を育む。やがて羚羊は寿命で息を引き取ったものの意識は残り、祢々を手助けする一本の角――南部 の秘宝・片角となる。 

平穏な生活を襲った、城主である夫と幼い嫡男の不審死。
その影には、叔父である 南部藩主・利直の謀略が絡んでいた――。 東北の地で女性ながら領主となった彼女は、数々の困難にどう立ち向かったのか。 けっして「戦」をせずに家臣と領民を守り抜いた、江戸時代唯一の女大名の一代記 。
著者初の歴史小説にして新たな代表作。

 

この小説、第28回 柴田錬三郎賞受賞(真に広汎な読者を魅了しうる作家と作品に与えられる)・第4回 歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞・第3回 河合隼雄物語賞受賞(人のこころを支えるような物語をつくり出した優れた文芸作品に与えられる)と、文学賞を3つも受賞していますが、読んでみてその理由がよくわかりました。史実と伝承とファンタジーとが見事に融合した傑作歴史ファンタジー、とにかく面白い小説でした。

八戸は私にはゆかりがある土地で、何度か行ったこともありますし、遠野も「遠野物語」を読んでいたので、強く親近感を感じることもできました。

 

江戸時代を通して唯一人の女性大名だった八戸南部氏の祢々=清心尼の波乱の生涯、愛する家族を次々と奪われ、八戸という土地まで奪われ遠野へ移封させられながらも、復讐には走らずけっして「戦」をせずに家臣と領民を守り抜いた彼女の生き様が物語の主軸です。

この小説を読んでいて心に浮かんできたのがこの歌の詞です。

「赤道を超えたら」 椎名林檎 
平和を祈るのは偏に女の生業(なりわい)
男は戦(いくさ)を勃発させるほう
大いなる境界線(ボーダーライン)
繁栄を急ぐにも利便性をはかる男と
野性の侭で生産し続ける女の境目よ・・・・・・

 

祢々=清心尼の言動からは、どんな困難に対しても決してあきらめずに立ち向かう勇気と、近隣国ときな臭い状態が続く現代日本の戦を勃発させるほう男共に対する作者からのメッセージとを強く感じました。

 

不幸や禍はいつだって、あなたを丸ごと呑みこんでしまおうとするのです。けれども、あなたを呑みこもうとする禍が降ってきたときには、ただただそれに身をゆだねてしまわずに、知恵を絞って考えてください。禍に呑みこまれずに抗おうという強い思いがあれば、必ず、向かうべき道が見えてくるものです。だいじなのは、あきらめないことです。

 

とても魅力的なストーリーと主人公を主軸として、それを引き立てるファンタジー的要素もとても面白かったです。これによって物語の厚みが増していると思いました。

自身の形見として城に置かれていた一本角(かたづの)に宿ったカモシカの霊が物語の語り手、という設定に始まり、遠野と言えば座敷童子と河童が有名ですが、その両方共登場。そして屏風絵に描かれたペリカンが絵から抜け出してかたづのと話し込んでみたり、猿の妖怪が出てきたり、ある人物の霊が大蛇に憑いて清心尼と話をしたり等・・・

特に河童の話は本当に面白かった!

5百頁近い長編ですが、途中ダレることなく最後まで楽しめる作品です。

そして読後は、小説に出てきた史実・伝承等について無性に調べたくなり、色々とネット検索しまくって、2度楽しめました(利根川の祢々子河童には笑えました)。