「ウイルスは生きている」ウイルスと生命に対する見方を変えてくれる本 | S blog  -えすぶろ-

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序文からいきなり面白くて一気読みです。
ウイルスと生物の関係に対する理解が深まり、生命観・ウイルス観共に見直す契機をもらいました。新書で200頁にも満たない本ですが、ウイルス自体・ウイルスと生物の関係についての驚くような話が満載でした。

昔からウイルスや遺伝子・人体・医学関連の本は好きで良く読んでいましたが、最近

「NHKスペシャル 人体 神秘の巨大ネットワーク」

を観て、このところかなりまた研究が進歩してきてるな、と感じたので関連の本を何冊か読んでみた内の一冊です。

 

まず、自分の奥さんの出産の思い出から、母体にとって異物(非自己)である胎児が、何故母親のリンパ球の攻撃を免れているのかという話になります。

胎盤の「合胞体性栄養膜」という特殊な膜構造が母親のリンパ球の侵入を防いでいる。この膜の重要なたんぱく質シンシチンが、実はヒトのゲノムに潜んでいるウイルスの遺伝子に由来しているということが2000年に分かった。これはヒトに限らず母体内で胎児を育むという生態を持つ全哺乳類は全て持っているということで、その昔シンシチンを持つウイルスに我々哺乳類の祖先が感染していなければ、現在の哺乳類そのままの生態は存在していない。
ヒトとは一体何者なのか?ヒト(に限らず生物全て)は親の遺伝子だけでなく、祖先が感染したウイルスの遺伝子も受け継いで存在している・・・
また、ウイルスとは何者か?生物学界ではウイルスは生物の概念規定を満たしていないので生物と認めないというのが主流だが、ウイルスを研究してきた著者にとってウイルスは、

この地球上に存在する、時に対立し、時に助け合い、変化し、合体する様々な生命体からなる「生命の輪」の一員である。

ウイルスは生きている。

こういった著者のウイルス観を読者に共有してもらうために様々なウイルスの驚くべき話がこの後の本章で述べられていきます。

 

 

①スペイン風邪、1818~9年世界人口18億人中6億人が感染し、推定2千万~1億人が死亡したという。スペイン風邪はインフルエンザH1N1型という現存するA型インフルエンザと同型であるが、現在ではスペイン風邪のような爆発的なパンデミックは起きないし致死率も下がっている。

人間では致死率50~80%のエボラ出血熱を起こすエボラウイルスも、元の宿主であるコウモリにいる間は特に問題を起こしていない。

ウイルスは宿主がいなければ子孫を残していけない。新たな宿主を殺してしまったとしてもその後、宿主との共生が可能になるように進化をしていく。

 

②大腸菌O157を始めコレラ菌・ジフテリア菌等の多くの病原性細菌は、ファージと呼ばれるウイルスに感染したことによりウイルスが持っていた毒素を作り出す遺伝子により毒性を持つようになった。

そのファージっていうのはこんなSFに出てくる乗り物みたいなカッコをしてます。200ナノメートルなので大きさは5千分の1ミリ位です。

 

③ウイルスは海洋にものすごい数がいる。沿岸部で僅か1ミリリットルの海水に1億個!これを海全体で換算してみるとシロナガスクジラ7500万頭分!この莫大なウイルスから細菌をはじめとした宿主生物に天文学的な数の遺伝子が移行していることになる。

日々、海生生物の生態に様々な影響を及ぼし続けているのでしょう。空気中には一体どのくらいいるのだろう?

 

④ヒトゲノム中の遺伝子部分(身体を構成する各タンパク質になる領域)は僅かに1.5%、ウイルスやウイルスに限りなく近い転移因子等が遺した部分は実に45%を占めている。これまでこの部分はジャンク(ガラクタ)DNAと思われていて何の役割も担っていないと思われていたが、最近、遺伝子の発現を制御したり量を調整したりする役割が発見され出している。

冒頭の胎児を守るのもそうですが、ヒトや他の生物中に遺されたウイルス遺伝子がその生物の生理現象に寄与しているということ。ウイルスの遺伝子が宿主に貢献しているという話は他にも出てきます。

 

⑤2013年に発表された新種の巨大ウイルス、パンドラウイルスは大腸菌に近い程の大きさがありインフルエンザウイルスの千倍の体積。大きさよりも驚きなのはその遺伝子中、実に93%がこれまでに知られているどの生物の遺伝子とも類似性のないものだった。

正にエイリアンのようなウイルス!今後の生態解明が楽しみです。

 

この他にもまだまだあるんですがこの辺で止めておきます。

 

最近話題の腸内細菌は今では百兆個以上とも千兆個とも言われ(この本では2006年資料として10兆~100兆とある)ヒトの全細胞数60兆個を超える数の存在が推定されています。また皮膚や口内にも常在菌が億・兆の単位で共生しています。

そもそも私達の細胞内でエネルギーを作り続けてくれているミトコンドリアもかつては別の生物だったものが核を持つ生物に寄生し、共生するようになり一機関となったと言われています。そしてまたウイルスも。。。

著者が最終章に書いている通り、生命体として「個」という考え方はあまり意味のないものなのでしょう。ウイルスも細菌も体の細胞とそれらからなる私達人間という存在も全て、

40億年ほど前に、あの分子装置の成立と共に始まったであろう「情報の保存と変革」を繰り返す「生命」という現象は、恐らくこの地球上で一つながりのものとして、壮大な時空を超えて今も続いている。

その「生命の輪」の一員なのだと感じることができました。読み応え満点。