随分と久しぶりの投稿となってしまいました...

 

日々の雑事に追われ、落ち着いて文章を書く時間がとれないまま、数か月があっという間に過ぎてしまい(-_-;)、そうこうするうち、私はめでたく更に1つ歳を重ねたのでしたー。

 

 

 今回は、そんな自分の人生を振り返り、「西陣」と私自身との思い出について書いてみようと思います。

 

 

 私は生まれてから4歳頃まで、京都「西陣」のど真ん中にあった、織屋の会社の階上に住んでいました。

 

 

私の祖父と長男である父と次男、三男で営む『西陣織』の帯屋の周りは同業者が多かったようで、すぐ向かいには従妹達の家がありました。

私には兄も2人いて、会社の織り手さんや若い従業員の方々が出入りするにぎやかな環境でしたー。

 

 

 私はとても口が達者だったようで、会社の従業員のお兄さんから

「お喋り ❝けい子❞」と呼ばれ、ちょっとおちょくられていましたー(^^;)。

空想好きで、とてもおっとりしていた私は、勝気な従妹達と争って引っ掻かれても、やり返せずにいるような子供でした...

 

 

 当時を思い出すと、お爺ちゃん、親戚のおじさん、おばさん、従妹、織り手さんや従業員の方々、近所に住む同い年くらいのお友達等々…色んな人達に囲まれ、楽しかった記憶が蘇ってきます。

 

 

 特に印象に残っている思い出の1つは、「五山の送り火 (8/16)」を家族と親戚一同で会社の屋上から見たことです。

その日は夕方から浴衣を着せてもらい、とても特別な感じがしました。

また、その時ホタルを初めて見たような記憶もありますー。

親戚の伯母さんは優しくて、好きだったな...

 

 

 そしてもう1つ、とても印象に残っている出来事があります。

斜め向かいに同い年くらいの女の子が住んでいて、たまたま話したら気が合って楽しかったので、次の日また遊ぼうと出向いたのですが、隣接して同じような町家の家が並んでおり、その子の家がどっちだか分からなくなってしまったのです...

 

 

(こっちかなー?) 大して躊躇もせず、一方の家に向かって

「あそぼ~!」と呼んでみたのです。 

すると、中から初めて見るお婆さんが出て来ました。 

(あ、間違えた...汗) とすぐに悟ったのですが、そのお婆さんは意外にも優しく微笑んで、

「どうぞ。」と家の中へ招き入れてくれたのです。

 

 

初めて入る家の中、静かで誰もいません...

(ひょっとして、あの子が出て来るのかな?) と、淡い期待を寄せる私に、お婆さんは、お茶やお菓子や折り紙などを出してくれ、私はしばらくの間くつろいだのでした。

お婆さんの顔はそれは柔和な微笑みをたたえていて、それまでには感じたことのないような穏やかで優しい雰囲気を漂わせていました。

 

 

 どのくらいの時間そこに居たのでしょう…

私はその後「西陣」から引っ越した為、あのお婆さんと会うことはありませんでしたが、半世紀以上たった今でも忘れることは出来ないのです。