イベントの報告をしたかったのですが、超ハードスケジュール&肉体労働で疲れてしまいました。
という訳でちょっと息抜きを。
唐突ですが、私はお笑いが大好きです。生まれが関西なので、笑いに関する感覚は自然に身についていたようです。オチの無い会話はあり得なく、友人に面白くないと言われることはどんな悪口よりもショックであるという、特殊な文化的事情が関西にあるため、生き残るために強制的に身につけさせられたという方が正しいかもしれません。
いずれにせよ、笑いというものは人生に不可欠であり、非常に役に立つものです。人間関係を良くしたり、免疫力を高めたり、メンタルヘルスの現場で治療として使われたり、様々な用途があります。
もう一つ、あまり知られていない重要な役割があります。それは、非論理性を識別する能力を高めることです。
基本的には、笑いとは非論理的なことに人間がぶつかった時の反応です。明らかにおかしなこと、あり得ないこと、日常感覚からかけ離れたものに対して笑いが起こります。
ツッコミとは、ここが非論理的なところだ、と示すことにより、周囲に笑うタイミングとここで笑ってよいのだという安心感を与える役割を持っています。
もし話し手がボケても、受け手がその非論理性に気付かなかったり、それを示すことのできるツッコミ役が周囲にいなかったら、笑いは起こりません。
実は、このツッコミ能力こそが生きていく上で大切なのです。ツッコむことができるということは、何が変であるかを認識できるということです。そして、何が変だと認識できるということは、それが本来どうあるべきかを知っているということです。
明らかに変なことを変だと認識しない人が大勢います。これは恐るべきことです。この現象は、本来どうあるべきかという理想の光景を知らないことに起因します。非常識な親や生徒が話題に上ることが多くなりましたが、単に彼らはどうあるべきかを教えてもらっていないために、自分の行為のおかしな部分を認識できないのです。
理想の光景を知って初めて非論理性を識別することが可能になります。あとは、単に理想の光景と見比べてどこが違うのかを認識する能力を高めるだけです。この訓練にお笑いは有効です。
私にとってこれ以上ない冗談とは「精神科医は心の専門家である」というものです。一般の人々は、それにツッコむことはほとんどないでしょう。心の専門家がどうあるべきかという理想の光景を知っていないからです。そして、精神科医の行為が、理想の光景とどれだけかけ離れているか、情報がないからです。
体の検査もせずに適当に症状をマニュアルにあてはめて病名をつけ、薬漬けにする人々が「心の専門家」と呼べるのでしょうか。幸い、今は空前のお笑いブームです。人々のツッコミ能力も上がってきているでしょう。精神科医のしている実態さえ分かれば、心の専門家をいう肩書きに「何でやねん」とツッコミを入れる人も多くなるでしょう。
という訳でちょっと息抜きを。
唐突ですが、私はお笑いが大好きです。生まれが関西なので、笑いに関する感覚は自然に身についていたようです。オチの無い会話はあり得なく、友人に面白くないと言われることはどんな悪口よりもショックであるという、特殊な文化的事情が関西にあるため、生き残るために強制的に身につけさせられたという方が正しいかもしれません。
いずれにせよ、笑いというものは人生に不可欠であり、非常に役に立つものです。人間関係を良くしたり、免疫力を高めたり、メンタルヘルスの現場で治療として使われたり、様々な用途があります。
もう一つ、あまり知られていない重要な役割があります。それは、非論理性を識別する能力を高めることです。
基本的には、笑いとは非論理的なことに人間がぶつかった時の反応です。明らかにおかしなこと、あり得ないこと、日常感覚からかけ離れたものに対して笑いが起こります。
ツッコミとは、ここが非論理的なところだ、と示すことにより、周囲に笑うタイミングとここで笑ってよいのだという安心感を与える役割を持っています。
もし話し手がボケても、受け手がその非論理性に気付かなかったり、それを示すことのできるツッコミ役が周囲にいなかったら、笑いは起こりません。
実は、このツッコミ能力こそが生きていく上で大切なのです。ツッコむことができるということは、何が変であるかを認識できるということです。そして、何が変だと認識できるということは、それが本来どうあるべきかを知っているということです。
明らかに変なことを変だと認識しない人が大勢います。これは恐るべきことです。この現象は、本来どうあるべきかという理想の光景を知らないことに起因します。非常識な親や生徒が話題に上ることが多くなりましたが、単に彼らはどうあるべきかを教えてもらっていないために、自分の行為のおかしな部分を認識できないのです。
理想の光景を知って初めて非論理性を識別することが可能になります。あとは、単に理想の光景と見比べてどこが違うのかを認識する能力を高めるだけです。この訓練にお笑いは有効です。
私にとってこれ以上ない冗談とは「精神科医は心の専門家である」というものです。一般の人々は、それにツッコむことはほとんどないでしょう。心の専門家がどうあるべきかという理想の光景を知っていないからです。そして、精神科医の行為が、理想の光景とどれだけかけ離れているか、情報がないからです。
体の検査もせずに適当に症状をマニュアルにあてはめて病名をつけ、薬漬けにする人々が「心の専門家」と呼べるのでしょうか。幸い、今は空前のお笑いブームです。人々のツッコミ能力も上がってきているでしょう。精神科医のしている実態さえ分かれば、心の専門家をいう肩書きに「何でやねん」とツッコミを入れる人も多くなるでしょう。