2月に入って大寒波襲来。積雪の多い地方は本当に大変な思いをされていることだろう。私の住む地方は降雪が少なく、大雪という年は数年に一度くらいだろうか。雪国の方からすれば全然大雪ではないと言われるだろうけど 私の地方では大雪といって大騒ぎになるのだ。

 

 私には、大雪の時にいつも思い出す出来事がある。

 

 数年前、大雪の日が父の退院日であった。眼の手術をして入院していたのだけど、退院の日になってこの地方では珍しくかなりの積雪となっていたのだ。私は父の退院日を一日遅らせてくれまいかと病院側に訴えたけど無下に断られてしまった。この大雪では車も走っておらず、タクシーをつかまえるのも非常に困難だとわかっていたのに、なんとか帰ってくれという。しかも、父は高齢で眼の術後で足元もおぼつかず、徒歩での帰宅はまず不可能だ。文字通り路頭に迷ってしまったが、この事態をなんとかしなければならない。

 

 私は、父を待合室に座らせ、絶対にここを動かないようにと念を押して、タクシーをつかまえるべく、大通りの交差点に向かったのだった。

 

 外に出ると、雪はまだ降り止まず道路は積雪で真っ白で、車もまばらにしか走っていなかった。かれこれ1時間ほど交差点に立っていたがタクシーという乗り物などまるでこの世界に存在しないかのように一台も見かけなかった。寒さと不安で絶望的な気持ちに陥っていたところ、一台のタクシーがこちらに向かって走って来るのが見えた。この地域では見かけないカラーリングのタクシーだったけど、どうか空車であることを祈った。果たして、そのタクシーは空車の文字を煌々と光らせて走って来たのである。私はすぐさま手を挙げた。こういう日は、空車であっても先客のところに向かっていて乗せてもらえないことが多々あるので一抹の不安がよぎったが、しかしこの時は幸い止まってくれた。まさに渡りに船とはこのことである。

 

 私はタクシーに乗り込み、父の待つ病院へ向かってもらったのだった。タクシーの運転手さんが言うには、他県からお客さんを乗せて来てその帰りだったらしい。帰る方向も同じだったので乗せてくれたのだった。その後、待合室の父を救出!?し無事に帰宅することが出来たのである。

 

 

一方、別の県に暮らしていた祖母が亡くなっていて、ちょうどこの日が葬儀であったがやはりその地方も大雪とのことだった。私は、父の退院日と重なってしまったので参列できなかったわけなのだ。

 

 

 後に聞いた話しだけど、祖母の葬儀も大変だったらしい。火葬場が山の上にあったらしく、道中かなり危険な状態だったそうな。しかも、大雪だというのに霊柩車はチェーンも装着していなかったという。霊柩車の運転手が何度も引き返そうと、同乗していた叔父に訴えたそうだが、それでは困る今から引き返せるわけないだろうと葬儀屋の準備不足も批難して強引に火葬場まで行ってもらったそうだ。後ろからついて来ていた親戚を乗せたマイクロバスはさすがに途中で引き返し、結局火葬場で立ち合ったのは、母と叔父の二人きりで祖母を見送ったという。

 

 今でもあの日の出来事は大雪になる度に家族や親戚の話題に登り、物語のように語り継がれているのであった。