聞いたところによると今、若者の間で超短編小説が流行っているとか。実は現在、オッサンである私も二十歳のころ超短編小説を書いた事がある。お分かりと思うが私は小説家でも何でもない。当時読み漁った小説に感化され真似事をしただけのことなのだ。しかし、当時の私は大真面目に真剣に書いた作品である。当然140文字ではない。短い短編だったので当時自分で超短編と呼んでいたのだ。


 今日はクリスマス。多少のことは大目に見て下さるだろうと自分で勝手に思ったので、誠に勝手ながらこの場を借りて、当時の作品を載せてみようと思う。今までに友人二人にしか公開したことのない希少な?!作品である。

 

             

     

        「太陽を待ちながら...」

 

 

 夕方に降り出した雨はまだ止まず、街をモノクロームに染めていた。冬はもう近い。濡れた街路樹の落ち葉が、道に散乱していた。

 

 僕は、傘を持っていない方の左手をジャケットのポケットに突っ込み、中に入っているライターを握りしめながら歩いていた。そして大通りをしばらく真っ直ぐ進み、交差点を右に曲がり、裏通りに入って行った。この通り沿いにヒロのバーがあったのだ。


 ヒロの店はごく普通の作りで、これといった特徴は何もなかった。強いて言えば、それが特徴だと言えなくもなかったが...。

 

 僕は店の前で傘をたたみ、ドアを開けて中へと入った。

 

 

 店内に入ると、ヒロがちらりとこっちを見て僕を迎え入れた。彼はいつも客を無言で迎え入れる。それを愛想が悪いと人はよく言った。しかし、それが彼の客に対する礼儀でもあったのだ。そのせいか分からないが、店はあまり流行っているとは言えなかった。


 彼は丁度、グラスを磨いているところだった。彼が拭く度に、グラスがきゅっ、きゅっと音を立てた。ぴかぴかになったそれらは、彼の後ろにある棚に、きれいに並べられてゆく。


 僕は、肩に付いた雨粒を払い落とし、カウンターに座った。客は誰も居なかった。


「いつものカクテルを頼むよ」僕は言った。

「これ、彼女が君に渡しといてくれって」ヒロは返事の代わりにそう言うと、僕の前に指輪を一つ置いた。


「そうか...」僕はそれだけ言った。

 

 指輪は、カウンターの上で静かに輝いていた。僕は、それを手に取った。光に透かして見ると、埋め込まれたダイヤがいっそう輝いて見える。美しかった。人々が、この石に魅せられるのも無理はないと思った。僕はなにげに、自分の薬指にはめてみようとしたが、もちろん入らなかった。


「何か聴くかい?」ヒロは言った。

「そうだな、静かな曲がいいな」僕は言った。

「じゃこれにしよう」彼は迷う様子もなく、一枚のレコードを取り出し、ステレオにセットした。

 

 僕は、レコードの針が落ち、音楽が鳴り出すまでのこの短い静寂の時間が好きだった。周りの全てのものも、この間、何の音楽がかかるのか聞き耳を立てているように感じられた。

 

 曲はジャニス・ジョップリンの歌う、サマータイムだった。


「いいね」僕は言った。ヒロは口ひげのある口を歪めて、ニヤリと笑った。

 

 指輪をジャケットのポケットに入れると、中でライターと当たってカチリと音がした。僕はそのライターを取り出し煙草に火を点けた。


 彼女とこの店によく来たな。僕は店内を見回しながら、そう思った。奥の壁には、ルネ・マグリットの複製が飾られていた。彼女はこの絵が好きだと言った。フランスパンとワインの入ったグラスが空中に浮いている絵だ。それは、最初に彼女をこの店に連れて来た晩だった。あの日も雨が降っていた。僕らは、映画を観て、食事をした帰りにここに寄ったのだ。

 

 マグリットのその絵は、僕にあの日の晩のことを鮮明に思い出させた。


 僕は煙草の煙をゆっくりと空中に吐いた。煙は静かに店内を漂い、ジャニスの歌声と混ざり合っていった。

 

 しばらくして、ヒロは僕の前にカクテルを静かに置いた。テキーラ・サンライズだ。僕は、彼の作るこのカクテルが好きだった。うまかったからだ。グラスの中には、味が薄くならないように、このカクテルを凍らせたシャーベットが入っていた。

 

 このカクテルの混ざり合った様子は、まるで木星の大気のように見えた。木星は、その大きさが少し小さかったために、太陽になれなかった星だと以前何かで読んだことがある。太陽に似せて作られたカクテルが、木星を連想させるというのは、僕には、何かの皮肉に思えた。

 

 窓の外を眺めると、まだ雨が降り続いていた。彼女もこの街のどこかで僕と同じようにこの雨を眺めているに違いない。静かに降る冷たい雨を...。


「止みそうにないな」ヒロは相変わらずグラスを磨きながらそう言った。


「明日は晴れるさ」僕はそう言って、カクテルを一口飲んだ...。

 

         (了)                      


                「原文ママ」

 

 

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