夏休み明けに行き渋りが始まった娘。

なんとか説得し、毎朝私の自転車の後ろに乗せ、

一緒に登校する生活がいつしか始まりました。

 

娘の友人関係は壊れておらず、教室では楽しそうに過ごせました。

ただ、娘の目の隅から私の姿が見えなくなると、

「どこかに行かないで。帰らないで。」と懇願するように。

つまり、娘を学校に滞在させるためには、

私も学校にとどまらなければならない母子登校が始まります。

 

今では、「行かない子どもを認める」という考えが浸透してきているようですが、

それが我が子になると将来が怖くて認めることができませんでした。

 

当時私は週3でお昼からのパートをしており、

滞在できる時間まで滞在して、給食を食べる娘を見届けて、

(母親の給食はもちろんありません)午後から食べずに仕事に向かう日々。

ただ、私が仕事で離れると娘が「置いていかないで」としがみつくようになったため

娘を一旦自宅に連れ帰り

当時、コロナで在宅勤務だった夫に娘をお願いしてそのまま出勤するという日々を

9月から年末までの4か月送りました。

 

年末私の体重は5キロ減っていました。

行けない不安から、不眠も続き、睡眠薬に頼る日々。

どん底だと思いましたショボーン

 

娘のことに寄り添いたいけれど、

「なんでいけないの?」と娘を責める自分もいて、

家の中は毎日戦争状態でした。