いよいよその橋を渡り、車で街の中心部に入って行く。
山と山の間に広がる平野に、360度ただただ廃墟が広がっている。
行けども行けども街が完全に壊滅している光景はとても信じがたいものであった。
朝6時頃、ボランティアセンターに着いて仮眠をとった。
ボランティアセンターは復興の拠点となっている場所で、自衛隊の様々な特殊車両が多数あったり、ボランティア集団のテントなどが多数設営されていたりして、たくさんの人々の力で復興が今まさに進められているのだと実感した。
人間の大いなるエネルギーの集まりを感じた。
その後、今回我々が訪れる目的地である歌津中学校という避難所へ向かった。
そこは高台にあり、津波の被害を免れている場所だ。
その学校の体育館で200人程の家を失った人々が、生活している。
数メートル下は瓦礫の山になっていて、本当に何メートルかの差で生死を分けているのだという事がわかる。
避難所について、まず職員の方と会って支援物資を運び込む。
水だとか、洗剤だとかは物資の保管場所にそのまま置けば良かったが、Tシャツや下着、靴下、お酒などは被災者の方々に直接手渡すよう言われた。
市長さんに挨拶をした後、市長さんが被災者の前で僕たちを紹介してくれた。
その後、被災者の方々に順番に物資を手渡していこうとしたが、想定外のことで僕らの段取りがうまく出来てなかったのもあり、順番を待たずに取りに来てしま う人がいたりとかでうまく公平に配るのが難しかった。喜んでくれる人も多かったが、全ての人に行き渡らない物なども出てしまい、不公平だと文句を言われた りもした。被災者の方に聞いた話では、共同生活でみんなストレスもたまって来ており、人間関係的にいろいろ難しい面も多々あるとの事だった。「あっちの人 は二枚も三枚もひとりで取っていたよ」とか「ずるい人が得して、ちゃんと最後まで待っていた人が損をした」などと言われたりもして辛かった。申し訳ない気 持ちになり、自分のやっている事は意味のない事だったのかと、一瞬自責の念に引きずられそうになった時、車の中で話した事を思い出した。
「やらせてもらってる」
そうだ俺たちはやらせてもらってるんだ。
初めてでうまくいかない面があるのもしょうがない。
みんなを喜ばせられなかったとしてもしょうがない。
俺たちは自分の考えで一生懸命やってるんだ。
その善し悪しの判断は他の方々がすれば良い。
失敗は次回に活かすべきだが、自信を持ってやる。
後悔はしない。
そう思ったら少し強くなれた。
その後、児童支援団体として子供たちにオモチャや遊び道具などをプレゼントして、子供たちと触れ合いの時間を持つ事が出来た。
子供たちとボールを蹴ったり、オセロをやったりした。
俺は正直、あまり子供とワイワイするのは苦手なんだけど。
子供たちに心を開こうとしてみたが、どこかぎこちなさを感じていた。
そしていちかばちかの想いで、ギターを手にして子供たちの前で歌を歌ってみた。
すると自分の中でも、外でも全てが変わった。
その時やっと子供たちと何かつながる感覚を持てた。
音楽好きの高校一年生の男の子が、ずっと俺の歌を目を輝かせながらすぐ横で聞いている。
小学生の女の子が俺の持って来た歌本を見ながら、これ歌ってあれ歌ってとせがんでくる。
子供たちは音楽を聞いて、上手とか下手とか、良いとか悪いとか何も言わなかった。
ただ次々と歌をリクエストしてくるんだ、笑顔で。
俺が一番の歌詞を歌ってやめようとしたら、二番も歌ってと言ってくるんだ。
きっと音楽って、あるとそれだけで楽しいものなんだな。
また俺にとっても、音楽は一番良いコミュニケーション手段なんだな。
俺の中では会話とかよりも、人とうまくつながれるツールになってしまっているんだと思った。
そしてそんな楽しいひとときは終わりの時刻を告げていた。
もう俺たちは帰らなければいけないという時に、ちょうど東京から来たという女性シンガーの方が、その体育館にやって来た。
PAシステムやスピーカーを持ち込んで、その体育館で1時間程度のコンサートをするという事だった。
俺はその人と少し話をしたが、南三陸町には今までも何度か来てコンサートをやっていて、今回は気仙沼など数カ所の被災地を巡ってコンサートをする予定だとの事。
俺の活動よりもミュージシャン然とした活動で、うらやましくもあったけど、何か俺は普通に対等に堂々と話せた気がした。レベルや内容に差こそあれ、彼女の やっている事も素晴らしいし、自分のやってる事も悪くないなと思っていたから臆する事は何もなかった。お互いの健闘を誓って別れたよ。
彼女の歌声を聞く事は出来なかったが、きっと人々に何かを伝えられる素晴らしいコンサートをしたのではないかな。
子供たちとの別れ際に、子供たちが「またくる?次はいつくる?」と行って抱きついて来た。
きっと子供たちもたくさん哀しみを抱えているんだと思う。それでも笑っているんだ。
そういえばギターに興味があるという高校生に歌本やピックをあげたんだけど、ギターが無きゃ練習もできないだろうから、今度はギターでも買って持って行ってプレゼントしようかな。
彼等が歌う歌をいつか聞いてみたいからね。
ちなみにこの日、俺は子供たちに「希望の歌」を歌ったよ。
この歌詞は俺にとって、本当に特別な意味のあるものになった。
南三陸町のみんな本当にありがとう。
そして被災者の皆様が一日も早く普通の生活が取り戻せますように。
photo by RYU「希望の歌」
静寂の中に聴こえる哀しみと
夜空に瞬くあの星よ
ただ今だけは
みつめていよう君の心を
かけがえのないその瞳を
人々の手から手へと温もりが
伝えられるように
僕たちもこの山々に響かせよう
その歌声を
捧ぐ君の笑顔へと
さあ今は目を閉じて
聴くが良いだろうこの哀しみの歌を
たけどもいつか
君が僕に歌ってくれる日を待ってる
雨上がりの空に
こだまする希望の歌を
