去年のこの日。

私は911に電話をかけた。


トイレに立って戻ってきたあと、ベッドの縁に腰掛けたまま動けなくなった夫。

「酸素は必要?」
「つらかったら救急で診てもらおうか?」
「動ける?」
「大丈夫?」

どんなに呼びかけても、夫はただ頭を垂れるばかりだった。


それまでは本人の希望を一番に、Urgent Careに行ったりEmergencyに行ったりしてきた。
でも、この時だけは私が決めた。

「救急車を呼ぶね。」

そう夫に伝え、911に電話をかけた。


911に電話をしている間も、救急車を待っている間も、私も子どもたちも、自分たちでも驚くほど冷静に行動していた。

入院になるかもしれないと考え、生活に必要なものや保険証を準備する娘。

ストレッチャーが入れるように家具を動かし、動線を確保する息子。

私は、ほとんど反応のない夫に、ずっと声をかけ続けていた。


去年のこの日まで、夫はこの家にいた。

自分の足で歩いていた。

あの時は、今回も治療を受けて、また家に帰って来られると信じていた。

まさか病院に着いてから40時間後に、夫が息を引き取るなんて、想像すらしていなかった。


もう、あれから一年。

一年経った今も、どこかで夫が帰って来てくれるような気がして、靴も洋服も、クローゼットにあの日のまま。

夫のいない一日は、とても寂しい。

この苦しさが永遠に続くのではないかと思い、気が遠くなる日もある。

だけどこの一年を振り返ると、本当にたくさんの出来事があって、あっという間だったとも感じる。

苦しすぎて大声で叫びたくなる日。

体が鉛のように重く、やる気はあるのに何もできない日。

それでも、毎日仕事へ行った。

誰かに誘ってもらえたら、しんどいと思いながらも出かけた。

そうしているうちに、嬉しいことや楽しいことにも、たくさん出会うことができた。


この一年、本当に多くの人たちに支えられた。

温かく、優しい人たちに囲まれていたから、私たち家族は少しずつ前を向いて歩いてくることができたのだと思う。

夫は、私や子どもたちが笑顔でいることが何より大好きな人だった。

だから今、私たちが前を向いて歩いていることも、この夏、日本で旅行をすることも、きっと「よかったね」と笑って見守ってくれている気がする。


だけど会いたい気持ちは、一年経ってもずっと変わらない。

夫が旅立ってから、9ヶ月が経ちました。
仕事のある日は比較的元気に過ごしていますが、毎日、1日のどこかで必ず胸が苦しくなって、涙があふれる瞬間があります。


先日、夏休みに帰省するチケットを購入しました。
実家までは飛行機を2度乗り換えて帰るのですが、その途中の空港で時間を過ごしている夢を見ました。

自宅で、病気で療養中の夫が留守番をしている夢でした。


声が出せない夫にメッセージを送るのですが、返事がありません。

気分は悪くないか。
痛み止めは効いているのか。
栄養はとれているか。
呼吸は大丈夫か。

心配で心配で、家に戻ろうかと迷うところで目が覚めました。


ベッドの隣を見ても、当然、夫の姿はありません。
本気で、夫がどこにいるのか、今日の体調はどうなのかまで考えてしまいました。

ああ、夢か。
今朝は気がつくまで、少し時間がかかってしまいました。


どうして私はずっと、夫だけは絶対に死なないと思っていたんだろう。


Palliative care
緩和治療


医師の使う言葉に、夫は敏感になっていました。
けれど私は、その治療を受けながら、5年、10年と生きてくれると信じていました。
そして夫にも、「がんばろう、がんばろう」と言い続けていました。

だから夫は、自分の不安な気持ちを出しきれずにいたのではないかと思っています。


寄り添ってあげればよかった。
もっと、もっとそばにいて、背中をさすって、手を握ればよかった。

最後に病院に運ばれた日でさえ、絶対にまた帰ってこられると信じていました。


届いているのかわからないまま、毎日、夫の写真に向かって話しかけています。

もっと寄り添えなくてごめんね。

また1日、再会までの日が近づいたね。

愛しているよ、と。


美容室に、もう何ヶ月も行っていない。


髪を切りたい気持ちはある。

だけど夫がいつも撫でてくれた髪、触れてくれたその部分がなくなってしまう気がして、どうしても予約ができない。

夫が見たことのない自分になることにもどこか抵抗があって、
新しい服もなかなか買えずにいる。


いつまでもこのままじゃいけないことは、分かっている。
変わりたくないと思っていても、生きている私は年を重ねていく。
いつか、夫の年齢に追いつき、追い越す日が来る。

夫が知っている私よりも、ずっと、ずっとおばあちゃんになる日が来るのかもしれない。
私は、そこまで長生きするのかな。

考えると、ものすごく気が遠くなる。