夫が旅立ってから、9ヶ月が経ちました。
仕事のある日は比較的元気に過ごしていますが、毎日、1日のどこかで必ず胸が苦しくなって、涙があふれる瞬間があります。


先日、夏休みに帰省するチケットを購入しました。
実家までは飛行機を2度乗り換えて帰るのですが、その途中の空港で時間を過ごしている夢を見ました。

自宅で、病気で療養中の夫が留守番をしている夢でした。


声が出せない夫にメッセージを送るのですが、返事がありません。

気分は悪くないか。
痛み止めは効いているのか。
栄養はとれているか。
呼吸は大丈夫か。

心配で心配で、家に戻ろうかと迷うところで目が覚めました。


ベッドの隣を見ても、当然、夫の姿はありません。
本気で、夫がどこにいるのか、今日の体調はどうなのかまで考えてしまいました。

ああ、夢か。
今朝は気がつくまで、少し時間がかかってしまいました。


どうして私はずっと、夫だけは絶対に死なないと思っていたんだろう。


Palliative care
緩和治療


医師の使う言葉に、夫は敏感になっていました。
けれど私は、その治療を受けながら、5年、10年と生きてくれると信じていました。
そして夫にも、「がんばろう、がんばろう」と言い続けていました。

だから夫は、自分の不安な気持ちを出しきれずにいたのではないかと思っています。


寄り添ってあげればよかった。
もっと、もっとそばにいて、背中をさすって、手を握ればよかった。

最後に病院に運ばれた日でさえ、絶対にまた帰ってこられると信じていました。


届いているのかわからないまま、毎日、夫の写真に向かって話しかけています。

もっと寄り添えなくてごめんね。

また1日、再会までの日が近づいたね。

愛しているよ、と。


美容室に、もう何ヶ月も行っていない。


髪を切りたい気持ちはある。

だけど夫がいつも撫でてくれた髪、触れてくれたその部分がなくなってしまう気がして、どうしても予約ができない。

夫が見たことのない自分になることにもどこか抵抗があって、
新しい服もなかなか買えずにいる。


いつまでもこのままじゃいけないことは、分かっている。
変わりたくないと思っていても、生きている私は年を重ねていく。
いつか、夫の年齢に追いつき、追い越す日が来る。

夫が知っている私よりも、ずっと、ずっとおばあちゃんになる日が来るのかもしれない。
私は、そこまで長生きするのかな。

考えると、ものすごく気が遠くなる。

年末、愛犬が虹の橋を渡りました。


「Go to Daddy!」
「Go to Mommy!」

どこにいても、そのコマンドを聞くと必ず私たちを見つけてくれた愛犬。


「大好きだよ。Go to Daddy!」
そう声をかけながら見送りました。
向こうの世界では、無事にDaddyを見つけられたかな。