
宗教改革
宗教改革とは英語でリフォメションと言います。
リフォメイションとは土台だけを残してその上に建っている建物を新しく作り直すことを意味します
16世紀のドイツで始まった宗教改革はキリスト教の土台がイエスと聖書であることを改めて確認したしました。
そしてその上でこの土台の上に建てられ長きにわたり西ヨーロッパを支配してきた教会の教えや制度を徹底的に作り直そうとしたのです
事の発端は16世紀のドイツで販売された贖宥状にありました。
贖宥状とはカトリック教会が発行する一種の御札でありそれを買ったものは現世の罪が赦され天国に行くことができるとされていました
教会はこれを販売することで民衆からお金を徴収しその売り上げをサンピエトロ大聖堂の修繕費用などに充てていたのです
これを批判したのがヴィッテンベルク大学の神学教授であったマルティンルターです
ルターは95箇条の論題を発表し贖宥状の販売を批判します
魂の救済は信仰によってのみ可能であると主張したルターは贖宥状の購入を通して善行を積むべきであると唱えるカトリック教会と真っ向から対立しました
カトリック教会と対立したルターは1521年に開かれたヴォルムス帝国議会において神聖ローマ皇帝カール5世から自説の撤回を迫られました。
しかしルターこれを拒否し追放されます
ザクセン選帝侯フリードリヒに保護されたルターはそのしたで聖書のドイツ語訳を完成させます
ルターの著書は活版印刷によって民衆に届けられ急速に新しい宗教観が広まりました
そしてこの新しい宗教観に影響を受けた農民による一揆がドイツ農民戦争です
カトリック教会から搾取され続けた農民らの1機は教会批判にとどまらず封建領主による収奪に対する闘争にまで進展しました
その後トリエント公会議において両派の調停が試みられます
しかしトリエント公会議ではカトリック教会による反カトリック的な書物の所有と読書を禁じた禁書目録の作成と信仰の問題を扱う宗教裁判所の強化が定められたこともあり両派の対立は続いていきます
カトリック教会の動きに反発した人々は抗議するものプロテスタントと呼ばれるようになりました
やがてこの対立は各地域の有力者である初稿を巻き込みながら拡大しついにはカトリックとプロテスタントの大規模な戦争に発展しました
これはシュマルカルデン戦争と呼ばれます
アウクスブルクの和議で両派は和解に至ったものの、に信仰の選択権が認められ
ただけであり依然として農民らの信仰の自由は認められませんでした
人々の信仰の自由をめぐる争いはこの後も続くのです
ではヨーロッパにおける宗教改革の広がりを見ていきましょう
まずはスイスです。
ルーターと同じ頃スイスではスウィングリとカルバンが改革運動を進めました
スウィングリはカトリック側との内戦で戦死しますが、
ルターの影響を受けたカルバンは魂が救われるかどうかは神が決めることであり努力や全校とは関係がない意図する予定説を解きヨーロッパ各地に大きな影響を与えました
次にフランスです
フランスでの宗教戦争は16世紀後半のユグノー戦争が展開されその過程で激しいプロテスタントの虐殺が行われました
ブルボン朝の初代国をアンリ4世は初めはプロテスタント側に立ち戦いましたがのちに政治的な理由からカトリックに転じ
ナントの王令にプロテスタントの進行を認め戦いを集結させました
しかしその後のルイ14世はカトリックによる宗教統一を目指してナントの王令を廃止。
フランスは強固なカトリック国になりました
次にイングランドを見てみましょう
イングランドでは国王ヘンリ8世が王妃離婚問題からローマ教会と絶縁し独自のイギリス国教会を樹立しました
イギリス国教会はカルヴァンの教義を取り入れつつも教会の教義ではカトリック的な面を残しました
イギリス国教会はエリザベス1世時代の統一法の制定などによりその優位性を確立しました
一方強いカトリック信仰が継承されていたスペインではイグナティウスロヨラらによってイエスズ会が結成されます
彼らはヨーロッパの際カトリック化を進めるだけではなくラテンアメリカやアフリカアジアという新天地へ布教活動を展開しました
この動きは同時代の大航海時代と結びつきカトリックの不況熱は外へ外へと広がっていくのですいます

キリスト教
イエスキリストを救世主として信仰するこの宗教は信じる人たちの多くを救ってきた歴史がある一方で,
権力者たちによって政治利用されてきた歴史という側面も持っています。
さて一口にキリスト教といっても現在私たちがキリスト教と考えている宗教には2つの大きな流れがあります
その一つがカトリック
これはローマ帝国が国教化してキリスト教でありローマ教皇を頂点とするものです。
カトリックは4世紀初頭のローマ皇帝コンスタンティヌス一世をはじめとした
ローマ皇帝らによって政治利用されてきました
そしてもう一つの流れが今回の記事の本筋プロテスタントです。
プロテスタントとは1517年以降マルティンルターらによって腐敗したカトリック教会の改革を求める宗教改革の中で誕生した宗派なんです。
実はプロテスタントにもコンスタンティヌス一世同様に意図的に教義を改変し現代のキリスト教を作り上げた人物がいます
それがイングランド王のジェームズ1世。
興味深いのは現代でも使用されているプロテスタント教会の聖書を作り上げたジェームズ1世は悪魔学とも称されるデモノロジーも発行しているということです。
今回の動画ではこのジェームズ1世がキリスト教どう改変したのか、彼を起点に彼が統治していた国がある一族に乗っ取られていると歴史を考察していきます
キーワードはロスチャイルド家に資金提供していたドイツの貴族。
現代における聖書は英語をはじめフランス語やドイツ語など世界の様々な言語に訳されているんですけれども
そもそも新約聖書はもともとギリシャ語で書かれていたものでありそれがラテン語に翻訳され各地で広まっていったとされています。
ちなみに現在でもローマカトリック教会が正式に聖書と定めているのはラテン語で書かれた聖書のみです
それと同じ意味において多くのプロテスタント教会が聖書と定めているのが英語で書かれた聖書のみなんですけれども、ではこの英語版聖書んルーツとはいったいどこにあるのでしょうか
それはイギリス国教会です。
欽定訳聖書とイギリス国教会
イギリス国教会とは1534年に当時のイングランド国をヘンリー8世が発布した法律、首長法によって成立したものです。
この法律によってイギリス国王がイギリス国教会の唯一の主張とされ、イギリスの教会はカトリックの頂点である教皇から分離独立することになります。7
その後カトリックを復活させる企てなどもあったものの、ヘンリー8世の次女でありテューダー朝の最後の君主エリザベス1世が発布した統一法によってイギリス独自の教会体制が確立するのでした
さてこのエリザベス1世の後を受けてイングランドの王となったのが当時すでにスコットランド王として即位していたジェームス一世。
歴史的に言うと彼がイングランドの王位に即位することでイングランドとスコットランドの同君連合が成立し、この出来事は後のグレートブリテン連合さらには現代まで続くイギリスの基盤となるのでした
ジェームズ1世がイングランド王に即位したのは1603年
そして彼は1611年にイギリス国教会の典礼で用いることを理由に先ほどお伝えしたプロテスタント教会が定める英訳聖書欽定訳聖書を成立させます
これは別名 king james バージョンと言われているくらいこの王の意向が強く反映されたものです
というのも彼は絶対王政を正当化する王権神授説を主張していたことでも知られる大なんですけれども彼は自らの権威を高めるためにイギリス国教会の力を上げること。
ひいてはそこで使用する新しい聖書自ら定めることが権力を最大化する道だとジェームズ1世は考えていたんです
実際に買えば新しい聖書に自分にとって都合のいい言葉を選択していったといいます
例えばもともと境界を表すことばはcongregationだったんですけれどもこれをイギリス国教会をsaすチャーチ書いたのはジェームズ1世です
またマタイによる福音書においてこんなフレーズがあります
何時殺すことなかれ。
カトリック: thou shalt not kill
欽定訳聖書:thou shalt not murder
これはカトリックの聖書ではラテン語とギリシャ語に忠実なこういったフレーズになっているんですけれども欽定訳聖書にはこういったフレーズとなっておりこの言葉がこの言葉へ変更されていることが分かります
ちなみにもともとのギリシャ語の意味では、killであり、カトリックの聖書がここでは正確な訳だと言えるわけなんですけれども、なぜジェームズ1世はこの言葉へと変更したのでしょうか
一説によるとこれは神は murderを禁じているのであって、killは禁じていないという理屈を作り出すためだと言われています
旧約聖書の創世記におけるノアの方舟の話で代表されるように神は悪を行う者には極端な表現なんですけれどもいわば大量殺戮を行う存在でもあります
ただ正しいものであるノアは救われ、その子孫も正しいことを続ける限り
絶滅させられない契約を神と締結するんです。
そうすると神はkillを禁じているわけではないという理屈が成立し、さらに恐ろしいことなんですが神との契約を守らないものは人類のために滅ぼされなければならないという論理が生まれてしまうんです
実はジェームズ1世がこういった変更した背景には彼が欽定訳聖書を成立させる数年前に発行していたデモノロジーが関係しているのではないかと考察しています
デモノロジーとは1597年にジェームズ1世によって書かれた文献。
悪魔学や悪魔がどのようにして人間に危害を加えるのかということについての研究が記述されている内容があり、イギリスにおける魔女狩りの指南書の役割を果たしていたといいます
つまりジェームズ1世にとっての魔女狩りはこれではなく神許す、killだったということなんです
これまで見てきたようにジェームズ1世とは欽定訳聖書という表の世界とデモノロジーという裏の世界の書物を生み出しました。
そして、この引用ともいえる両輪でイギリスにおけるその後のキリスト教世界観を作り出していったんですけれども、ここで重要なのは宗教の教義はいつも権力者の都合のいいように吐き残されていくということです
ここからの話ももしかすると書き換えられている可能性もあるんですけれども興味深いのはこのジェームス異性が1601年4月15日にスコットランドにである組織に入会していたと言われていることです
その組織とはフリーメーソン
フリーメーソン
ジェームズ1世の指導で欽定訳聖書を作り上げていった際に彼の重要な協力者の一人だったのがフランシスベーコン
彼は哲学者として日本でも有名な人物なんですけれども彼もフリーメーソンのメンバーでありフリーメーソンとも関わりが深いドイツ期限の組織薔薇十字団のトップだったと言われています
つまりプロテスタントにおける英訳聖書、欽定訳聖書とはフリーメーソンの意向も反映されたものだとも解釈できるのです
実際にイギリス国内においてフリーメーソンのグランドロッジが設立されるのは1717年なんですけれども歴代のグランドマスターの多くはイギリスの王族が務めてきました
ちなみに現在のグランドマスターは彼女のいとこに当たる王族ケント公爵エドワード王子です
しかし興味深いのはグランドロッジが設立される以前にすでにフリーメーソンのメンバーだったジェームズ1世とは一線を画すイギリスの王族たちが歴代のグランドマスターを務めてきたということです
というのも現在のイギリス王族にはジェームズ1世の血の他に別の国の一族の血も流れているようなのです
その一族とはヘッセン家
ここからはあくまでも推測なんですけれどもいかにしてヘッセン家がイギリス国内に入っていったかをお伝えしていきます
時代はジェームズ1世の子供であるチャールズ1世が王だった頃までさかのぼります
この頃のイギリスはイギリス国教会の存在と1601年エリザベス1世が設立した東インド会社の存在により国力を増している最中でした
先ほどお伝えしたようにイギリス国教会のトップは時のイギリス国王が兼任し東インド会社もイギリス国王の勅許会社だったためイギリスの国力は=イギリスの国王の権力という状態でした
そんな絶対王政を打破すべく立ち上がったのがオリバークロムウェル
彼は1642年から始まるピューリタン革命を起こし国王チャールズ1世を処刑します
これは教科書的にスチュアート朝の絶対王政を倒した市民革命として知られているものなんですけれども実は直接的な王政打破のほかにも重要なことをクロムは行っています
それが1657年の東インド会社の組織改組の実施です
この組織改正によってこれまで国王の勅許会社だったこの組織を株式会社へとシフトします
つまりこれまでイギリス国王にあった東インド会社への権力を株さえ持てば誰でも扱えるようにしたのです
さてこれで誰が得をするのでしょうか
ちなみにこの後すんなりイギリスの絶対王政は崩れたのではなくてこの後に処刑されたチャールズ一定の子供チャールズ2世が王政復興を成し遂げたり紆余曲折はあったんですけれども結果的にはある一族の協力によって絶対王政は崩れることになりました
その一族とはドイツの貴族ヘッセン家です
実はクロムエールもヘッセン家の血が流れていたと言われており実際に彼が革命を起こす際の資金を提供していた一人にユダヤ教の進学者メナセベン・イスラエルという人物がいます。
そして彼の資金の大元はオラニエ=ナッサウ家というヘッセン家と協力関係にあって一族だとも言われています
ちなみにチャールズ2世が王政復興したと彼の弟のジェームズ2世が王位を継ぐんですけれども、パリを追放することになる1688年の名誉革命を主導したのはイギリスてきたいと手を組んだオラニー-=エナッサウ家であり名誉革命でジェームズ2世を追放した後イギリスの国王にはこのオラニエナッサウのウィリアム3世が即位します
ここで本格的にヘッセン家の息吹が測った方がイギリスで誕生するのです
興味深いのはこの ウイリアム3世が1694年に創設したイングランド銀行です。
イングランド銀行とヘッセン家
イングランド銀行とは中央銀行なんですけれども現在この中央銀行を支配しているのロスチャイルド家です
こちらの動画でもお伝えしましたが元々ロスチャイルド家の初代マイヤーアムシェルロスチャイルドに資金提供していたのが
ヘッセン家のヴィルヘルム1世だったことを踏まえるとピューリタン革命による絶対王政の打破も東インド会社の株式会社かもイングランド銀行もすべて裏にはヘッセン家がいたことになります
そして一番決定的だったのは1714年に即位したジョージ1世
彼はハノーバー朝の開祖でありこれが現在のウィンザー系と直接つながっていく一族です
彼もヘッセン家と関わりがあるのでしょうか
実はジョージ1世にはもう一つ名前があります
それがゲオルグ・ルートヴィヒ
名前の語感だけでお気づきだとは思いますが彼のルーツはドイツにあり
血族にはヘッセン家があります
そしてこのジョージ1世の末裔にいるのがエリザベス2世
要するに現在のイギリスの王族たちは確かにフリーメーソンがジェームズ1世の血も流れてはいるんですけれども、彼にはなかったヘッセン機の家が現在のウィンザー機には流れておりこれは見方を変えると
クロムウェル から始まる1642年のピューリタン革命とはドイツ貴族
ヘッセン家の侵略開始の合図だったのかもしれません
そしてヘッセン家はロスチャイルド家またアダムヴァイスハウプトを通じて
1776年にいるイルミナティを創設させます
1776円とは歴史的に見ると北米13植民地がイギリスから独立したことを宣言
するアメリカの独立宣言の年でもあります
当然この独立戦争においてイギリス軍に傭兵を送るなどサポートをしていたのはヘッセン家なんですけれども結果的に彼らはアメリカに追い出されていくことになります
アメリカという国が初代大統領のジョージワシントンが象徴するように
フリーメイソンによって作られた国家だというお話は有名ですがもしかするとこのアメリカのフリーメイソンに
ヘッセン家の影響を残すための目的もイルミナティ創設にはあったのかもしれません
というのもドイツがイギリス国内に影響力を拡大していったように、イルミナティーは創設された後フリーメーソンへと入り込み影響力を拡大させていったとも考えることができるからです。
Truth Seekerというyoutubeチャンネル
「性の混乱をもたらすイルミナティのアジェンダ」という動画の中で、
ミッシェル・オバマ
バーバラ・ブッシュ元大統領婦人
ビルゲイツ婦人
が実は元男性である内容を紹介している。
Truth Seeker曰く、
イルミナティは、ルシファー崇拝者、或いは悪魔崇拝者なので、神がもともとつくった男女の形、結婚の形、家族の形を全て覆そうとしています。
イルミのトップに立つ人の多くは、自分がそれを実践することでトップに登れます。
彼らが小児性愛の推進、性転換、こどもを性の対象として扱うことの正当化など、ここまで必死に推し進めるのはそのためです。
みんなが性転換したり、みんなが同性愛になると、子どもの数も減るので、人口削減にも都合がよくなります。
と述べています。
しかし今回の動画はyoutubeチャンネル名のTruth Seekerの意味である、真実を追及する理念には合致しません。
東スポみたいなゴシップネタだと思います。
これでは、リアルの世間の理解を得るのは難しいと思います。
クリスチャンの人でしたら、下記の記事を参照にどうぞ。
「聖書はうわさ話や陰口について何と言っているの?」
https://www.gotquestions.org/Japanese/Japanese-gossip.html
今回の動画をみて安易に信じるタイプは、奴らの絶好のカモしれません。
次に本動画の内容について
(本動画に限らず全動画の内容についてもそうですが、、)
Truth Seekerさんは実名で顔出しで、公言できますかね?
私なら無理ですね。
何故なら貴方のやっていることは、セクシャル・ハラスメントだからです。
セクシャル・ハラスメントは人格攻撃、名誉毀損です。
公人とはいえ、不確かな内容をネット上にアップして全世界に公開している。
この動画をみて、人物を茶化すという人間性のほうも悪魔です。
悪魔は自分の心の内部にいます。
外部の悪魔を探すより、自分の悪魔の心と対決するほうが、私は大事だと思います。
それと私もトランスジェンダーの一人です。
トランスジェンダーじゃない人を勝手にトランスジェンダーにして、
バカにするのはまともな神経の持ち主であれば、することはではありません。
エデンメディアに広告がつかないのは、エデンメディアも
今回のような動画を含めて、
名誉毀損、フェイクニュースの流しているからだと私は思っています。
陰謀だとか言う以前に、反省するべき点はあると思いますよ。