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50歳!さてこれから何しよう!

50歳になった。これから何を始めよう?何ができるかな~

圧迫骨折で入院中の義父が施設へ入所することになりました。

 

入院中、誤嚥性の疑いがあるとのことで食事がゼリー状のものになり、一気に体力が落ちてしまったようです。

たしか、うちの父(マルオ)もリハビリ病院に入院中は食事が足らず、ソーセージやらかまぼこやらサプリやらを持って来いと言っていましたね。

 

義父は在宅中は自分で作るお粥に砂糖やめんつゆ、簡単酢と梅干しを入れ卵豆腐と梅干は必須いアイテムでした。

この中で、簡単酢とめんつゆ、上白糖の減りはかなりのものだったので、おそらくこのあたりでカロリーを補っていたと思っています。

 

生活自体は元々寝っぱなしだったのでそんなに変化はないので、食事なんでしょう。

 

先日、主人が病院に呼ばれると、このまま口から食べられなくなると胃ろうなどの方法で直接栄養を入れる方法もあるがどうしましょうか、と聞かれ断りました。

 

自然にお任せしますとのこと。

 

そんな姿を見たくないし、延命したところで本人が苦しむだけ、という判断です。

 

とはいっても余命1年ぐらいという診断なので、施設に入って義母の顔を見たら気力が復活するかもしれないし、なんとも言えないですね。

 

おそらく年明けに入所することになると思うので、私は年明けに年金で足りない分を補ってほしいと包括支援センターに行ってきます。

 

入院費、施設代は9万円弱、本人の年金は手取りで5万~55000円ほど。

せめて生命保険に入ってくれていれば入院費や葬儀代など足しになったと思うんだけど、これもまた何もなし・・・

全部私たちにのしかかってきます。

 

そして、年末は彼らが借りている土地代の支払いがあります。(借地に家を建てていて、この地域では普通)

 

相続放棄か地主さんに家を引き取ってもらえるのか、とにかくまだまだお金がかかります。

 

地主さんが引き取ると言えば、家の中の物を空っぽにしなければならない。これはまた労力とお金がかかる。

相続放棄となると、彼らが存命中は地代がかかるのか?となるんですよね。

 

地主さんの返事が気になるところです。

 

 

 

義父が11月3日に圧迫骨折してから1か月が過ぎました。

 

少し前にインフルエンザが流行してきたため、面会不可となり現在の様子はわからず。

ただ、13日にコルセットを装着しリハビリが始まっているため、少しはラクになったのではないか?と思われます。

 

気になるのは入院費。

 

最初に救急車で運ばれた病院は3日間滞在で初診代があったり検査があったりで約16000円でした。

そしてコルセット代の費用は73000円ほど。(こちらは手続きをすれば返ってくる)

 

コレ、手続きするはずの息子(旦那)の動きが悪いため、今だに手続きが終わっていない。。

 

転院した病院での医療費請求は初めてなんですが、一体いくらかかるのか心配・・・

 

退院後どうするのか、という話も病院で出始めているらしく、そろそろ面談があるとのこと。

 

とはいえ、自宅に戻ってお粥を作るなどはできないと思います。

お風呂もデイサービスで入れてもらわなければ1人では入れないだろうな。

 

義姉が引き取ってくれたら何もかも上手く行くんだけど、仕事をしているから無理らしい。

(私たちが引っ越したとき、一緒に住む?って言ってたらしいんだけど)

 

もし、施設に入所だったり入院費が年金を超えるのであれば、年金で足りない分を補ってもらうべく包括センターに

相談しに行こうと思う。

 

ちなみに彼らは医療・生命保険ともに加入していない。

 

以前は市役所で家を売って全部使い切ってから来い、とあしらわれたけれど、そもそも彼らには売る家がない。

義両親の支援も既に20年だし、主人は60歳、私は57歳と定年も見えてきた。

2人揃って施設入所の費用なんて払ってられない。どっちか1人でも引き受けてもらいたい。

 

年内は仕事が忙しいため、年明け早々に相談しに行く予定。


なぜ、こんなにお金お金って言うかというと、私はずっと、20年以上支援してるんです。


思い返せば24年ほど前、私は義両親の自営業を手伝ってたんです。


主人も一緒。


2年ほど働きましたが1円も給料を、もらってません。


そのあと、パートで働き始めて2年ほど、毎月もらう給料は手を付けないまま渡してました。


当時の勤務先は現金手渡しだったんで、封を開けずに。虚しいですよ。


その後、就職してからも義両親の車検代とかは払ってたかな。


そして、義母が認知症になったころ、12年前ぐらい。


デイサービスの差額に、食費、土地代、暖房の灯油など毎月10万ほと支援。


これに危機感を感じた私はネット副業を始めました。


コツコツ空いてる時間を全部副業に充てて、ようやく5万から10万ほど稼げるようになりました。


でも、これも全部義両親にスライド。


この人らのために頑張ってるんじゃないんだけど。


虚しいだけですわ。


私も60歳がそこまで来てます。自分たちの老後の蓄えに目を向けないと。


義両親のようになってはいけないと、娘たちに迷惑をかけないようにしなければ、と思ってるんです。


お金がトラウマのようになりそう。

 

先月、大阪に住む30代の娘たちが突然広島へ一泊二日の旅行に行こうと誘ってきた。

 

私は広島が初めてですが、荷造りが面倒で泊まりの旅行ってあまり進んでいきたくないタイプ。

 

長女とその子ども1歳11か月と、独身の次女だけで行くには孫がとても心配。ってことでついて行くことにしました。

 

初日、宮島へJRとフェリーを乗り継ぎ、朝から約4時間ほどかけて到着。

 

想像以上に広くて、見るところが沢山! フェリーの往復代も500円と安くて嬉しかった。

交通系カードが使えるのでチャージしておくと簡単です。

 

*フェリーは2社で運行しているため、当たり前ですがJRで往復切符を買うと往復ともにJRです。が、ぱっと見わからないんですよね。

 

鹿がいっぱいいてチビ助が泣かないかと心配していましたが終始ごきげんで無駄な心配でした。でも寄って来るので注意です。気づけば後ろにいる、みたいな。

 

宮島に到着したのが11時半ぐらいでしたので、先にご飯を食べることにして、私はあなご丼と焼ガキを注文。大人4人とチビ助で14000円ほどでした。

 

夕方、広島駅のコインロッカーに預けてた荷物を回収し、原爆ドーム前にある相生の宿?に宿泊。

駅からホテルまでタクシーを使って1700円ほどでした。

 

広島駅から原爆ドーム前まで、車、バス、路面電車が走っています。路面電車は思った以上に本数があり、乗客もかなり乗っていたのが印象的。

 

しかも、近代的?な感じの路面電車でなんかとてもカッコイイ。

 

近くのお好み焼き屋でテイクアウトしたお好み焼きを食べ、その他に買い込んだ総菜で晩御飯。

広島焼きと言われるお好み焼きは、イメージとちょっと違っていましたね。

 

海鮮モダンだったのかな? ボリュームがあってキャベツより焼きそばの方が目立っていました。

娘に聞くと、海鮮とスペシャルだったかを頼んで、普通のは頼んでいないとのこと。

 

チビ助がいるので鉄板のあるお店には行けないので仕方がないです。

 

翌日、朝から原爆ドームと資料館に行き、原爆の悲惨さを見てきました。

辛く悲しい体験を世界中の人たちが見て、戦争なんかはあってはならないと再認識。

 

これだけの資料や建物をちゃんと受け継いでいくことの素晴らしさも感じました。それと、宿泊した相生の宿も原爆前の写真に残っていました。

 

一泊二日という短い時間、チビ助の面倒を見る大変さと幸せな時間、旅館の人たちの気遣いなど、有意義な時間を過ごせたと思います。

 

ただね、新幹線で約2時間、在来線が約1時間の旅。在来線約1時間がけっこう疲れる。最寄り付近になると1駅が10分なんですが、これがトドメを刺すかのように疲れる。

 

子どもたちが楽しそうで嬉しそうで、孫との距離も縮まって良かったです。