マルオの体が不自由になってから、クリーニング店や接骨院や内科、スーパーなど一緒に出掛けることが多くなりました。
以前の記事にも記載している通り、マルオと娘の私は約30年ぐらい家族ではありません。
ですので数か月に1回1時間も話さないかな?ぐらいの付き合いでしたので、マルオの交流は知りません。
マルオは九州から1人で来阪し、会社勤めの後、自営業を立ち上げ不自由になる81歳まで頑張ってきました。
で、何が言いたいかというと、連れて行くお店や病院での店員さんや先生、看護師さんたちが良くしてれるし、心配してくれて声をかけてくれることに驚きました。
*手術をしてくれた先生には怒られましたけど・・
クリーニング店の若い店員さんは、杖をついてヨタヨタ歩くマルオを見て「どないしたん?! こないだまで自転車乗ってたやん!」と本気で驚き心配しています。
そしてクリーニングの預かり表を出す前に預けていた服を出してくれるので、名前も顔も知ったうえで心配してくれているのがわかります。
クリーニングに出す頻度も高かったんでしょ?と思うかもしれませんが、うちの主人の場合そんなことはないです。
マルオは店員さんの名前を必ず覚えていますし、下手すりゃ下の名前でちゃん付けで呼ぶぐらい親しくなります。
内科に受診に行ったときもそうでした。
受け付けの人、看護師さんなど、待合室にいるマルオを見ては「あ!○○さん!最近けえへんからどないしたかと思っててん!」
おそらく脳梗塞で死んだか?と思ってたのではないでしょうか・・
皆さん、マルオが「手術しない」と言ってたことに対して医者の言う通りにしろ的なことを助言してくれてたみたいですね。
先生も心配してくれて「ここまで受診するの大変やったら往診もあるよ」と声をかけてくれています。
マルオは持ち前のコミュニケーション能力で誰に対しても必ず名前を覚えて声をかける。
スーパーに行っても覚えた顔には「おぅ!」と声をかける。
店員さんもマルオを覚えてる人は返してくれるけど、覚えてない人は知らんぷり。それが普通なんだけど、マルオは声をかけます。
大衆の床屋に行っても「ありがとう」と全員に聞こえるぐらい大きな声でお店を出ます。
「最終的には人と人の関係性」ということです。
たった10分の散髪でも気持ちよくやってもらった方がこっちも気持ちいいですよね。
床屋さんはまだ3回目でスピード勝負のところがあるので、私語はしてません。
会話できるようになるかはわかりませんが、認識されるようになったら嬉しいですよね。
また、数か月前に投資を追加で購入したとき、対応してくれた担当さんが初対面の女性でした。
ちゃんと笑顔で「あんたとは初めて会うな。」とか、「よろしくな」とか声をかけています。
私も名刺をもらったのですが、まぁ付き添いだったため預かる程度で名前を覚えていません。
手続きが終わり、車に乗り込んでから「お前、さっきの女の子の名前覚えてるか?」と聞きます。
名刺をもらっただけで全く覚えていない私。
「名刺をもらったら絶対に名前と顔を覚えろ。誰でも名前を認識してもらったら嬉しい」
マルオがやってることって、今の時代傍からみたら「変なおっさん」になるかもしれませんが、同じことをやれと言われて出来るのか?
こうやって人脈を築いて仕事をしてきたんだろうな、と感じています。
まぁ、家族に対してはどうなんだと言われればそれまでですが、自営業で2つの家族を養い、他人にお金をばらまき助けてきたのはこういったマルオのコミュニケーション能力だったんでしょうね。
私は血縁の娘ですが、自営業を立ち上げることも出来ませんでしたし、知らない人に話しかけるというコミュニケーション能力もないです。
なんか残念だな、と感じています。
次はマルオが今になって思う失敗談について、彼は彼なりに人生を振り返っているようです。
*失敗談の中に手術を拒んだことはありませんでした。