S状結腸ガン、寛解までの記録+α

S状結腸ガン、寛解までの記録+α

2017年12月にS状結腸ガン(ステージⅢa)・2019年2月に慢性硬膜下血腫(両側/3月に片側再発)と診断された母の闘病生活と、娘の気持ち(弱音多し)を綴ったブログです。


母ひとり子ひとり、同じ屋根の下で質素ながらも平穏に過ごしていたはずなのに...。



【母の病歴】
2017年12月 S状結腸がん(ステージⅢa)と診断され、2018年1月に手術。
2019年2月 両側慢性硬膜下血腫と診断され、同月、手術。
2019年3月 慢性硬膜下血腫の再発(片側)と診断され、同月手術。
2023年1月 S状結腸ガン 寛解

娘から見た母の闘病生活(と娘の弱音)を記しています。
同じ病気の方・ご家族の方々とつながりが出来たら嬉しいです。

※ 記事中のこの文字色は医師の言葉となっています。

またブログに掲載した治療法は、母個人の病状に合わせて医師が決めた治療法であり、同じ病気(ステージ)でも同じ治療法とは限りません。あしからずご了承ください。

パソコン版、携帯版のブログデザインは、ブログタイトルの関係上、季節を問わずクリスマス仕様になっています。







24日(水)のお昼前に無事に退院しました。

1週間会わなかったので、感動の再会かと思いましたが、お互いいたって普通笑い泣き

土曜日から帰りたい、もう寝すぎて寝飽きたと言っていましたし、迎えに行った時は、鼻声ではありましたが、元気そうで、無事に退院出来ました。

病院からも数本ですが、花束花束を貰えました!びっくりびっくり


帰ってきてからは、自分で洗濯をし、墓にも行ってました笑い泣き

ずっと、彼岸だからと気にしてたのですが、死んだ人より、生きてるあなたの命を大事にして欲しいですびっくりマーク

と言ったところで、回遊魚みたいな性格なので⋯。

救急車🚑に一緒に乗って行ってくださった会社の方も、同じ職場で働いている方も、止まると死ぬ魚みたいな人間なので、と言うと、止まってるのを見た事がない、本当によく動いてる、と100%共感してくれましたアセアセ

しんどくても、我慢して最後までやって、帰ったら何とかなる、最悪娘(私)に頼めばいい、とでも思っており、結局、無理し過ぎてみんなに迷惑をかけてしまう人なのです。無理しないで欲しいですが、言っても聞かないので⋯。その分のパワーを私に分けてください悲しい


まだまだ体力は戻っていないようなので、しばらくは仕事を休んでいますが、色んな用事(気になること)は、休み休みやっているようです。そのうち仕事も復帰することでしょう。 なんて言ったって、回遊魚みたいな人ですから。


今回、緊急入院で、私も伯父もバタバタしましたが、やっとホッとしていますダッシュ

母は緊急入院しかしませんがガーン

もう、次はこんな驚くことがありませんようにゲッソリ

9/20(土)


母と連絡が取れ、私の心配までしてくれるようになった母に安堵し、私はやっと食欲が出る。

昨夜は自分の好きなものを買って、たらふく食べた。

母と連絡が取れなかった2日間は、SOYJOYと、ヨーグルトと、小さいカップうどんと、冷凍炒飯少なめを食べたくらい。

睡眠も浅い短い眠りが数時間のみ。

まあ、それでも気が張っていると、何とか生きていけるらしい。


そして、今日(明日)も病院に行く必要もなく、することもないので、一日中ゴロゴロ。爆睡。

食べたいものを食べ、爆睡(熟睡)できることが、当たり前でなく幸せと、また感じる。


そしてやっと落ち着いて、ブログに書くことができた。


今のところ、月曜にコロナの再検査と、血液検査をして、早ければ、月~水に退院予定。

落ちた体力が少しでも回復するまで、ゆっくり病院にいたら?と伝えたが、早く帰りたいらしい。

たしかに、個室で、することもなく、テレビカードも渡してないので、することがないのだろう。

入院費もかさむしねチーンマイナ保険証で、どこまで抑えられるかな⋯。今はその心配のみ🤣

まあ、いつ帰ってきてもいいけど、家は地震が来たかと思うくらいひっくり返ってるかもよ?(何とか頑張って、私なりには整えていますけど、母からすれば、呆れるかも笑い泣き

9/19(金)


10時15分頃、母から電話がかかってきました。

が、夜眠れず、朝方から寝てた私は爆睡で気付かずゲッソリ

11:30ごろ起きて、着信があったことに驚き、すぐにかけ直す。

すぐに出てくれ、鼻声でしたが、意識はしっかりしてそうで、会話も成り立ちました。

病院ではスニーカー系が良いとの事でしたが、ク〇ックスが欲しいとのこと。

ちょうど今日、看護師から入院時に足りなかった手続きに来て欲しいとの事で、他の荷物(好きな飲み物…渡す前に看護師さんと医師に差し入れ可能か確認してOK貰いました)も持って病院に行く。

看護師さんも、水曜&木曜より、今日は普段の〇〇さん(母)の様子かなと感じてますと、教えてくれた。


そのあと仕事に行き、仕事終わりに、また母に電話。

病院の規則で、土日は面会(そもそも面会はできない)や差し入れができながら、と伝えるのを忘れていたので、電話をかけると、

私「もしもし?」

母「もしもし、元気?」

はい?ポーンポーンポーン

さぁみなさん、母につっこみましょう

「それはお前や!」

私「いやいや、それは私が聞くことやから!」と言いつつ大笑い笑い泣き

要件を伝え、私の(夕飯や家でのこと)の心配までしてくれ、やっとそこまで元気になったか、と、ホッとする。


9/18(木) 


15:00頃、病院から電話。

担当医Kから話があるとの事で、電話で現状を教えてくれました。

担当医は私も外来でお世話になっている、家庭環境をよく知る方です。

今、私が足を患っており杖の生活をしていることなどを考慮し、来るのが大変だろうから、と電話で話してくれました。

担当医は、電話に出てすぐ、伯父から話を聞いても分からなかったんでしょ、あなたは心配症だし、電話かけた方がいいと思ってと言われましたアセアセ

 以下担当医Kからの話 

昨夜は39度台までいったが、今は37度台に下がって来てる。会話もできているが、母自身が、昨日からの出来事や、個室という空間、コロナ陽性になったことや、高熱で意識が朦朧としるので、まだ完全にいつもの母ではないが、会話はできる。

携帯も今はまだそれどころではないのではないかとの事。
5日間のコロナ用の点滴をし、肺炎にならないか様子を見る。

早ければ月曜に退院、遅くても来週中には退院できるであろう。

これからは、僕からの電話がなかったら、大丈夫と思って!無理したらダメよ!と言われました。

私と母の家族環境をよく理解してくれて、私の性格もよく知ってくれてて、温かく見守ってくれる担当医Kで良かった笑い泣き

9/18(木)早朝から午後まで


実は、17日朝は母と会わずに(私の仕事が昼以降夜までの仕事のため、朝会うことは少ない)昨夜、おやすみと言ったあと会えていない。声も聞けていない。 

母ひとり子ひとり(と言っても子もいい大人)家庭なので、入院準備も何もかもひとりでやらないといけない。伯父が近所に住んでいて、今回も助けてくれたけど、色々大変。

抱え込んでしまう性格なので余計に辛い。だから、心配なのか、気が張ってるのか、眠れない。私は、心療内科に通ってるので入眠剤を飲んだが寝付けなかった。服用量は決まってるので、もう飲めないから、眠くなるまで寝るのをあきらめる。
病院から呼び出しがありませんようにと祈りつつ夜明け前から少し寝る。


色々調べて、病棟ナースステーションが忙しくない9時以降に病院に電話。 

しかし、また後でかけるとのこと。 

それからまた少し仮眠。

12:10ごろ、病院から着信あり。

 昨日の入院時に、伯父に説明しているので、今こちらから説明することはない、伯父から聞いて欲しいとの事。

先生からの病状説明も昨日の今日なのできないとの事。 

伯父から聞いたのは熱中症とコロナ陽性で1週間~2週間入院くらいチーン

電話をくれた看護師に、昨夜から今日の様子は?と聞くと、熱は下がってきてるけど、ご飯は食べたくないから食べていない、意識はあり、熱が朝方39度台、昼は37.9度。それくらいで電話終了。わかったのは良かった。

母はコロナなので、面会禁止。

ただ、色んな方に質問したら、荷物を持っていく時に、看護師に様子を聞いたらいいと言われる。

しかし、荷物はほとんど持っていき、母や病院から、必要なものの連絡や、洗濯を取りに来て欲しいなどの連絡もなく、しばらくは行けず。

そして、病院の方針で、平日午後のみの受付で、土日は禁止。


そして、母からの電話はなく9/18の15時頃になる(続く)