①情報処理力を10倍にしたい。うつ病治す治療家になりたい。指名とれるマッサージ師になりたい。国家試験に合格したい。


②聖書日記がんばって明日日曜日の分まで書きたいのだ。


③昨日のアルカホー飲料は0ml


沖縄タイムスに、石川ジェット機事件での負傷が原因で亡くなった7名の指名が慰霊碑に追加で刻まれたというニュースがある。石川ジェット機事件というのを初めて知った。石川市は現在のうるま市にあたる。ウィキペディアには「宮森小学校米軍機墜落事故」で載っている。


1959年6月30日、嘉手納基地から飛び立ったF100Dジェット戦闘機が訓練飛行中、エンジン火災を起こした。搭載していた爆弾は海上に投棄し、機首を人家のない丘陵地に向けるが制御不能に陥り、パイロットは脱出。機体は午前10時40分頃、民家35棟をなぎ倒し、石川市立宮森小学校のトタン屋根校舎を破壊して、さらに隣のコンクリート校舎に激突、炎上した。事故直後から軍警消の各部隊が事故現場に急行し救助活動に当たった。被災者の治療のために沖縄本島中部在住医師のほとんどが駆けつけたそうだ。


17名が亡くなり、うち11名が授業を受けていた子どもたちだ。負傷者は210名で、そのうち156名が子どもたち。爆発の炎は機体の燃料で燃え広がったようで、住家17棟と公民館1棟、小学校の3教室が全焼、住家8棟、小学校2教室が半焼となった。事故当時、石川市上空を黒煙が覆い、市全体への火災の広がりを心配した住民の避難騒ぎにもなったそうだ。事故当時、小学校には児童・教職員ら約1000人がいた。当時は2時間目終了後のミルク給食の時間で、ほぼ全児童が校舎内にいた。特に直撃を受けた2年生の教室の被害が最も大きく、火だるまになった子供達は水飲み場まで走り、そのまま次々と息絶えたと伝えられている。


7月1日に立川基地から現場視察にやって来た第5空軍司令官バーンズ中将は「十分な補償」を確約した。
7月2日には米軍が「不可抗力の事故である」との正式発表を行った。
7月27日には石川市主催の合同慰霊祭に出席したブース高等弁務官が「アメリカを代表して最高の償いをする」といった内容の弔辞を述べた。


その他にも米軍関係者は「すみやかな補償」といった言葉を何度となく繰り返していたが、補償問題に被害者の思うようには進展しなかったようだ。結果的には、死亡者一人当たり4500万ドル、重傷者には障害に応じて一人当たり2300~5900ドル。総額119066ドルが3年にわたって支払われた。この額は被害者側の要求の1割程度だ。


沖縄返還は1972年だから、当時の沖縄行政は日本国傘下ではない沖縄政府が担っていた。沖縄立法院は異例の本会議を召集し、米軍に対する厳重抗議を全会一致で可決した。対軍賠償問題特別委員会を設けて取組み始めた。この事件は反基地運動や日本復帰運動につながり、大きなうねりとなって広がりをみせた。


宮森小学校の中庭には、石川ジェット機事件の犠牲者を慰霊する「仲良し地蔵」が建てられ、毎年6月30日に追悼式が行われている。追加刻銘される人たちは、この事件による火傷などが原因で苦しみ、亡くなっていった。今回、追加刻銘された新垣晃さん(享年23歳)は当時2年生で、事故で体半分にやけどを負った。皮膚の移植手術などで回復したものの、琉球大学在籍中に後遺症で発汗機能が悪くなり内臓がむしばまれて亡くなった。小学生ばかりではなく近隣住民にも犠牲者がいて、小学校の慰霊碑に刻銘すべきかどうかで議論があったようだけど、今回ちゃんと一緒に刻銘されたようだ。


今日の記事には、当時の事故を検証した人の証言も載っている。当時、琉球政府警察局の鑑識課長補佐として事故現場に駆けつけた大城盛昌さん(77)は、米軍警察に行く手を阻まれた経験や殺気立った当時の状況などを初めて語ったそうだ。


先日、米下院が「日本、特に沖縄の人々に感謝を表明する」との決議を採択したことについて、沖縄ではよくない評判がみられる。感謝するから、これからも今まで通り基地をよろしく、ということでは反発を招いて当然だと思う。選挙対策のために有権者にウケのいい可決を連発してるだけ、という見方まである。
とはいえ、何事も言葉からはじめないと、何も始まらないということもある。日本人であり、沖縄住民ではない僕としては、米軍基地の存在意義と沖縄住民の過剰負担との間で、言えることを言いたいと思って述べたいものだと、今日改めて思った。


④いっしょにライブ行きます、と彼女に言うべきだったか?やっぱり、意中の女性と近づきたければ、順序なんて関係なくどんどん近づいていくべきなのかな?彼女もたぶん何か正解をもっているわけではなくて、自分なりに今の気持ちに素直になってるだけなんだろうな。そうなんだとすれば、そこまでわかっているのなら、挽回する機会は十分射程に入ってる。恋は日々勉強で、自分を高めてくれるものみたい。まだ、彼女と言ってはなんだけど、彼女に感謝だ。


⑤iチャンネルのBeeTVより


思いきり笑えばどんな人生だって晴れる○


BeeTVってなんかいや~な感じするな~って普段思ってるけど、この言葉はなんだか胸にコトンとオチた。いいものはいいのだ。


①情報処理力を10倍にしたい。うつ病治す治療家になりたい。指名とれるマッサージ師になりたい。国家試験に合格したい合格

②昼食でじゃこ飯たべたからな、夕食はやよい軒で肉料理が食べたいのだナイフとフォーク

③昨日のアルカホー飲料は0ml

サッカー日本代表チーム優勝おめでとうございますサッカー
90分間ずっと集中しての闘いっぷりに脱帽です。
勝ったのは選手のみなさんです。多くのサポーターが応援するから頑張れたのでしょう。
勝ったのはわしらじゃない、サポーターたちだ、とか、サムライらしい台詞でキメるとおもろいかな。
ついに念願のトーナメント進出!もうみんな勝つときは勝つんだということがよくわかったと思う。今度のパラグアイ戦もチーム一丸となって闘ってきてほしい。みんな一体となって応援しよう。

④今日は職場のオーナー先生に感謝。出勤したら先生が座禅してて、身体さわってみなさいっていうから、さわってみたら熱くて汗ばんでた。鍼やるんだったら気功やるべきですよ、という展開でさらに、中国で1年くらい鍼の勉強するといいですよとまじめに言ってくれた。目をかけてくれる背景には、職場における文化摩擦みたいなのがあるからなんだけど、微妙に嬉しくはなるもんだ。もう年だし仕事しながら勉強したいから中国留学はしないけど、中国の鍼灸シーンはどうなってるのやら?知りたいと思ったのだ。

⑤イザヤ書19章16-22節

その日には、エジプトは女のように弱くなり、万軍の主が振りかざされる御手に恐れおののく。ユダの地は、エジプトを混乱に陥れるものとなる。それを思わせるものは何であれ、エジプトを恐れさせる。万軍の主がエジプトに対して事を謀られるからである。
その日には、エジプトの地に五つの町ができる。そこでは、カナンの言葉が語られ、万軍の主に誓いが立てられる。その町の一つは、「太陽の町」ととなえられる。
その日には、エジプトの地の中心に、主のために祭壇が建てられ、その境には主のために柱が立てられる。それは、エジプトの地において、万軍の主を指し示すしるしとなり、証しとなる。もし彼らが、抑圧する者のゆえに、主に叫ぶならば、主は彼らのために救助者を送り、彼らを救われる。主は御自身をエジプト人に示される。その日には、エジプト人は主を知り、いけにえと供え物をささげ、また主に誓願を立てて、誓いの供え物をささげるであろう。主は必ずエジプトを撃たれる。しかしまた、いやされる。彼らは主に立ち帰り、主は彼らの願いを聞き、彼らをいやされる。

なんで五つの町なのか?謎だったんだけど、今日わかったかもしれない。ヒントは出エジプト記21章37節にある。羊は4だけど、牛は5なんだ。神に撃たれては癒されるアップダウンの繰り返しは、まさに天使たちの上り下り。エジプトは、ノアさんが裸で寝ているのを見たまま普通に話しただけのハムさんの子孫なんだ。
①情報処理力を10倍にしたい。うつ病治す治療家になりたい。指名とれるマッサージ師になりたい。国家試験に合格したい合格

②そろそろサバ切れだフグサバ食べたいフグ

③昨日のアルカホー飲料は0ml

アライグマ被害が各地で多発する中、アライグマ探索犬わんわんが今年末デビューに向けて訓練中という。日経新聞夕刊に載ってる。
ところは北海道大学大学院。古くから猟犬わんわんとして知られる甲斐犬わんわんの「イコロ」ちゃん(雌、1歳)が猛特訓中。アライグマの匂いをつけた布を隠しておき、それを見つけ出せば、お利口さんとなる。
大学院文学研究科で保全生態学が専門の池田秀教授が環境省の助成を受けて養成している。イコロとは、アイヌ語で宝物を意味するそうだ。イコロちゃんは、アライグマ探しの宝物となるだろうか。
建築物の食害や生態系への影響が懸念されるアライグマも人間社会で共生できるといいのにな。と、とりあえず単純に思っていまうのであった。

明日朝3時からワールドカップサッカー日本vsデンマーク。今から寝て夜中に起きるのだ。

④今日はクラスメイトに感謝。授業は吸い玉の実技で、僕は腰が悪いので腰のあたりに吸い玉を2つ吸い付かせてもらった上に、起立筋をずっと揉んでくれた。おかげで楽になった。ありがとうなのだ。

⑤イザヤ書6章13節

なお、そこに十分の一が残るが、
それも焼き尽くされる。
切り倒されたテレビンの木、樫の木のように。
しかし、それでも切り株が残る。
その切り株とは聖なる種子である。


イザヤ書10章22節

あなたの民イスラエルが海の砂のようであっても、そのうちの残りの者だけが帰って来る。滅びは定められ、正義がみなぎる。

イザヤ書の切り株預言から2つをピックアップしてみた。10章22節では、祝福されて海の砂のように増えたイスラエル人でも、帰って来るのはわずかだという。波にさらわれた砂が、再び浜辺にうち上げられることがあるにしても、それはほんの一握り。
そういえば、出エジプト記では、紅海に飲み込まれたエジプト人が死体となって海辺にうちあげられる。ということは、神が滅びと定めて行う殺戮は、初めは洪水でもうしないと言ったけど、全滅ではなくて部分的には飢饉や伝染病や戦争で行われていて、そのことは出エジプトや切り株などいろんなたとえで預言されてきたんだなと思った。