四月二十八日(木曜日)
日付替わって二十八日。東京にいる。そして、なんとなんと宿なし状態。昨日二十七日のN響定期の後、即、例のごとく新幹線の最終に飛び乗り予定だったが、コンサート終了して即隣のホテル玄関からタクシー乗車と思いきや、タクシーが来ない。こんなの珍しい。たまたまその時間だけだったか・・・。
そして、諦めた。やはり五分のいつもの差というのは大きい。最終新幹線に間に合うとは思えず、予定変更して、そのままいつも利用している安ホテルに来た。が、そこでも珍しく「満室」で断られた。コンサート終了後、「難民化」か?(笑)
「外国人ツァー?」。あああああ、GWだから? いや、外国人にはGW関係ないしぃ。まして、GWの時期は逆に都内は人いなくなるのだが。
まっ、こういうのは慣れている。・・・仕方ない。久々に「サウナ」で夜を明かすか・・・・。
ってわけで「サウナ」に来ている。
そのフロントまで行って断られた定宿のフロントマンが
「お客様、私共では本日はご用意できませんが、○○駅前の系列ホテルでは部屋がご用意出来るということでございます。いかがでしょうか?」と調べてくれた。助かる。さすがである。
でも、既に午後十時回っているし、そして、明日の朝午前五時過ぎにはホテルでなければならないとなると・・・・なんだか、そのためにホテル代払うのが「もったいない」と思った。まして、ここからまだ移動するわけだ。ちょっと億劫。それならば近くのサウナで数時間過ごして、浮いたお金はマッサージとか・・・・なんて頭を過る。
ということで、「サウナ」に。正解だったかも、久々のサウナ、満喫状態。
露天風呂、小雨模様だけど、これまたオツ。
一風呂浴び、そしてサウナと水風呂の繰り返し・・・・そしていま一息中。
寝るわけにはいかない。だって、午前五時には起きていなければならず。
パソコン開いた。休憩室の片隅で。
【大都会の洒落た小雨に濡れたハナミズキもまた綺麗】
大都会の片隅に咲くハナミズキ、近くのビルの光がちょうどいいライトアップ状態。普段、別にハナミズキなどは眼中に無く通り過ぎていたのだが、なんだか今年は目に入るなぁ。
一青窈が歌ってヒットしていた「ハナミズキ」は知っているけど、あまり好きな歌ではない。歌い方が好きじゃないのだろうか・・・。よく、若い連中がカラオケで歌うことあるのだが、あの、単語、文節の中でブレスしたりする歌い方が嫌いだから私は受け付けないのである。
歌詞を読めばいい歌だと思うし。メロディもいい。素直に認める。だけど、それをマッチングするとちょっと・・・・ありゃ日本語じゃないだろうがとなる。
こういうブレス、今は平気だ。今もって受け付けられない私。
こんなタレントが歌った映像がある。年甲斐もなくだが・・・、新垣結衣が歌った映像がある。
○ハナミズキ
歌)新垣結衣
だいたいにおいて、中年おっさんの私はこの歌、まともに今初めて聴いた。サビの部分はわかっていたが。
オリジナル歌手の一青窈も、こんなブレスで歌うからこれが定番なのだろうけど。ちょっとイタダケナイ。
でも、新垣が歌うからいいだろう。許す、新垣ならば。って馬鹿なおっさんモード炸裂中。
さてさて、もう一度サウナへ。
【深夜のニュース・チェック】
☆☆震災関連死、2人増え16人に…肺塞栓症40人☆☆
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160427-OYT1T50032.html
☆☆熊本地震2週間、なお3万7000人が避難所に☆☆
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160427-OYT1T50085.html
心が痛むこの記事。3.11後にもこのような深刻な状況あちこちであったが。あの時の教訓生かされていないようである。心痛む。
☆☆避難所に必要な物資、迅速に…支援システム運用☆☆
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160427-OYT1T50035.html
実際、その救援物資等々はスムーズのわけがない。だけど、当初、ネットで見る一般人のブログの中に「今回はボランティア活動の仕方も「確立」されていて、その物資援助ルート・システムも」なんて記述みて私は憤慨したのだが。
そう簡単に対応出来るわけないだろう!!と。
そういえば、なんだかメディアもそういう感じした。つまり、臭いものには蓋じゃないが、最悪のことよりも、なんか「大丈夫、がんばろうムード」煽っているように。
でも、でも、避難している方々、そう簡単にいくわけじゃないだろう。
世の中、大型GWに突入するのだが、彼らにはそれどころじゃないわけだ。
永田町のお偉方金持ち連中は、テレビの前では如何にも深刻そうな顔して出てくるが、彼らの心には「GW」のことしかないだろう。その「GW」の過ごし方いかんによって、夏に予定される参院選挙、そして巷間囁かれている同時に衆議院の解散総選挙における自分の「座」、所属する政党の明暗が決まるから、それしか頭にないだろう。
現地で献身的に作業している復興に携わっている面々には頭がさがる。そういう復興作業にもっともっと税金使えばいい。それは多くの国民が許すのではないか?
【マーラーに求めるもの】
《NHK交響楽団演奏会》2016年4月27日(水) サントリーホール
バーンスタイン:「キャンディード」序曲
バーンスタイン:「オン・ザ・タウン」―「3つのダンス・エピソード」
バーンスタイン:「ウェストサイド物語」―「シンフォニック・ダンス」
マーラー:交響曲 第4番 ト長調
(ソプラノ)安井陽子
(管弦楽)NHK交響楽団
(コンサートマスター)伊藤亮太郎
(指揮)レナード・スラトキン
上記演奏会を聴いてきた。やはりマーラーに注目。私、スラトキンが随分と前にこの曲をN響で指揮した定期が頭にある。その時、例のごとく、N響の音が普段よりも薄く感じた。それは悪い意味じゃなくて、音の構成が・・・。あの油絵のような感じではなくて、水彩画、それもそれもかなり薄い淡い色の挿絵のような。だから、普段聴いていたマーラーとは違った。けれど、それまたどこか「なるほど」「スラトキンってこういう音求めているんだねぇ」と会場で思ったものである。
濃厚さはない。その前後、彼は五番も振った。これまた同じ感想持った。いずれもが会場からはブラヴォー飛んだけど、多分、こういう淡いマーラーが好きな人がいるのだろう。わかるような気がしないでもない。
昨晩もほぼ同じような感想持った。これがスラトキンなんだと。でもでも不思議。前世紀に聴いたそれらは「これもまた新しいマーラーだろう」と納得したのだが、今回はちょっと違う。なんだかスムーズ過ぎて・・・・。物分り良すぎてというか・・・見通し良すぎてというか・・・。前半のバーンスタインの曲を聞いているような延長上のマーラーで。
そうそう、思った、「深刻さ」「不条理」等々には目をつぶって、避けて、如何にもって感じで復興ムード煽っているような今の日本社会・・・・それが頭に過ぎった。
これは常々思うのは「スラトキン」の責任というよりも、今のN響の持つ音楽性がこれなんだろうなぁぁぁと。失礼ながら。
だって、多分、ヤルヴィが振っても傾向同じだし、ブロムシュテットでも同じ。
ただし、彼らが自分たちの手兵を振った時は何か違う要素がここに加わり、別の境地・・・それは私を納得させる境地になるもの。悔しいけど。
【「マラ四」・・・・思い出すのはハイティンク】
昨年の初秋にハイティンクの来日公演でこの「マラ四」があった。これだって基本的には「淡い」マーラーのハイティンク。だが、だが、だが、違うんだよねぇ。オケの持つ音の陰影、そしてそれを巧みにまとめる、自然に引き出す巨匠ハイティンク。やはり違うんだよね。
彼の指揮する「四番」は生でも数度聴いた。コンセルトヘボウ、ベルリン・フィル、ボストン響・シカゴ響・ロンドン響・・・あとどこかで聴いた。
N響の演奏会というのはよく私は書くが、マーラーやろうとブルックナーやろうと、また、レクイエムやろうと、会場内では終わったあと如何にもッて感じで静寂とそしてその後のお決まりのブラヴォーショータイムが始まるのだが、だが、ほんとホール出て外歩く頃には酔が冷めてしまう。余韻がない。
もちろん、素晴らしい余韻増幅の演奏会もあるけど、それは確率的に非常に少なくなった。特に今世紀になってから。
今、ハイティンクのこのマラ四画像に浸っていた。やはりいいよなぁ。
①マーラー:交響曲第四番ト長調
(ソプラノ)アン・シュワンウィムズ
(管弦楽)オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団
(コンサートマスター)ヨリス・ヴァン・レイン
(指揮)ベルナルド・ハイティンク
2014年ライブ録画
二年前のライブ、ハイティンク、二年前、今と違うなぁ、やはり昨年はこの指揮の動きに比べると動きが小さくなっているもの。
昨年のロンドンとの演奏もさりげなく素晴らしいものであるけど、このオランダ放送フィルとの演奏もまたジワジワと静かに静かに余韻増幅がある。
それにロンドン響もオランダ放送フィルも、その彼らが持つ「音の次元」が違うよねぇ・・・・日本のオケとは。日本のオケは物分りが良すぎるっていうか、「単」なんだよなぁ、音が。
【ロッテルダム・フィルのお見事なマーラー】~苦手なクック版のマーラー10番~
こんな素晴らしい直近の演奏画像がアップになっている。
今年の春、この演奏会がコンセルトヘボウであること、それは情報で知っていた。この時期にもし、欧州旅行が出来たら、この演奏会が目当てとしただろう。だが、四月はどうしても長期休暇は取れないからなぁ。
そうしたら、嬉しいことにこの演奏会も「オランダ放送協会」の公式アカウント「NPO Radio 4」より格別の音質・画質状態でアップ配信された。それが二日前。いいねぇ、ネット時代は素晴らしい。
その画像は下記
②ロッテルダム・フィル演奏会(in アムステルダム)
・ヴィレム・イェツ (Willem Jeths):第一交響曲~第四部「昇天への憧れ」
・マーラー:交響曲第十番(クック版)
セシル・ヴァン・デ・サント(メゾ・ソプラノ)
ヤニック・ネゼ=セガン
イゴール・グルップマン(コンサートマスター)
(メゾ・ソプラノ)セシル・ヴァン・デ・サント
(管弦楽)ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
(コンサートマスター)イゴール・グルップマン
(指揮)ヤニック・ネゼ=セガン
2016年4月23日 コンセルトヘボウ大ホール(アムステルダム)
よだれが出てきた(キタナイ、すまん)、このプログラム構成、そして指揮者とソプラノの名前、凄い。そしてその演奏が凄かった。釘付けになった。
一曲目の作曲家は名前は知っているが、詳しく知らない。オランダの作曲家。そして、曲も何もしならない。が、タイトル直訳すると「昇天へのあこがれ」となる。なんだか怖いタイトルだが。
だが、この曲、いい曲。なんだかいい曲。
そして後半のマラ10。これはクックによる補訂版。全曲版。
指揮がネゼ=セガン。フィラデルフィア管弦楽団をどん底から立てなおしている名指揮者。注目の指揮者。彼はオランダ放送フィルの指揮者でもあり。
私、クック版のマラ十はちょっと苦手であり、どれもが感動したことなかった。生演奏でもしかり。CDでも。マラ十ならばアダージョだけで十分といつも思っていた。
数年前にDVDで発売されたインバル指揮コンセルトヘボウの演奏画像もイマイチ感動しなかった。
だが、だが、上記の演奏には心惹かれてしまった。クック版のマラ十ってこんなに良かったっけ? いい演奏だ。
これは世紀の名演だろう。
そして、このプログラミングが実に妙。こういうプログラミングがいい。一曲目も二曲目も結局は「最期」がキーワードだろう。
このネゼ=セガン・・・・いいよねぇ。こんなにいい指揮者だったとは。
当分この上記のネゼ=セガンとNPOの演奏を毎日流していてもいいと思った。
私、実はこのネゼ=セガンに対しては数年前まではそんなに評価していなかったのだが・・・・。数年前の演奏動画で、同じく公式チャンネルから配信された演奏がある。改めて観る。驚くのは数年前と当然といえば当然なのだが、ネゼ=セガンがすご~~くいい指揮するようになってる。自信というのだろうか・・・・。緻密だもの、オケの把握もスコアの読みというか。そして、数年前よりもこのオケのセガンに対する反応がいいし。常任指揮者とオケの関係ってこうじゃなきゃね。
③チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」全曲
(管弦楽)ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
(指揮)ヤニック・ネゼ=セガン
2010年12月23日 ロッテルダム・ライブ デ・デーレン
こちらは「AVROTROS Klassiek」の公式チャンネルからの配信画像。当時としては良かった音質画質だが、やはり日進月歩の世界、今の配信fileから比べると不鮮明か?
【オケの持つ音の密度、色合いの差】
↑↑↑・・・・これをモロに感じた昨日の演奏、いや、このスラトキン/N響の今回の三回の定期だった。
スラトキンもこの後、リヨンと来日、そして同時期にネゼ=セガンもフィラデルフィアと来日。どちらも生で聞きたいのだが、両方は到底無理。あぁ、困ったものだ。諦めも肝心。
いつか、いつか、ロッテルダムでネゼ=セガン、そしてデトロイトで今一度スラトキンを聴きたく。来日してくれないかなぁ。
朝五時まで、サウナで汗ながし、そして水風呂、風呂、休憩、その繰り返し。そして五時過ぎにはここをゆっくり出て山手線で東京駅へ。そして始発新幹線に乗って。
ワガマチ駅についたらそのまま会社へ。八時前に着く。そしていつものように仕事。事実上の月末、明日からはGWモードだし。ちょっと忙しいかな。覚悟はしている。
日付替わって二十八日。東京にいる。そして、なんとなんと宿なし状態。昨日二十七日のN響定期の後、即、例のごとく新幹線の最終に飛び乗り予定だったが、コンサート終了して即隣のホテル玄関からタクシー乗車と思いきや、タクシーが来ない。こんなの珍しい。たまたまその時間だけだったか・・・。
そして、諦めた。やはり五分のいつもの差というのは大きい。最終新幹線に間に合うとは思えず、予定変更して、そのままいつも利用している安ホテルに来た。が、そこでも珍しく「満室」で断られた。コンサート終了後、「難民化」か?(笑)
「外国人ツァー?」。あああああ、GWだから? いや、外国人にはGW関係ないしぃ。まして、GWの時期は逆に都内は人いなくなるのだが。
まっ、こういうのは慣れている。・・・仕方ない。久々に「サウナ」で夜を明かすか・・・・。
ってわけで「サウナ」に来ている。
そのフロントまで行って断られた定宿のフロントマンが
「お客様、私共では本日はご用意できませんが、○○駅前の系列ホテルでは部屋がご用意出来るということでございます。いかがでしょうか?」と調べてくれた。助かる。さすがである。
でも、既に午後十時回っているし、そして、明日の朝午前五時過ぎにはホテルでなければならないとなると・・・・なんだか、そのためにホテル代払うのが「もったいない」と思った。まして、ここからまだ移動するわけだ。ちょっと億劫。それならば近くのサウナで数時間過ごして、浮いたお金はマッサージとか・・・・なんて頭を過る。
ということで、「サウナ」に。正解だったかも、久々のサウナ、満喫状態。
露天風呂、小雨模様だけど、これまたオツ。
一風呂浴び、そしてサウナと水風呂の繰り返し・・・・そしていま一息中。
寝るわけにはいかない。だって、午前五時には起きていなければならず。
パソコン開いた。休憩室の片隅で。
【大都会の洒落た小雨に濡れたハナミズキもまた綺麗】
大都会の片隅に咲くハナミズキ、近くのビルの光がちょうどいいライトアップ状態。普段、別にハナミズキなどは眼中に無く通り過ぎていたのだが、なんだか今年は目に入るなぁ。
一青窈が歌ってヒットしていた「ハナミズキ」は知っているけど、あまり好きな歌ではない。歌い方が好きじゃないのだろうか・・・。よく、若い連中がカラオケで歌うことあるのだが、あの、単語、文節の中でブレスしたりする歌い方が嫌いだから私は受け付けないのである。
歌詞を読めばいい歌だと思うし。メロディもいい。素直に認める。だけど、それをマッチングするとちょっと・・・・ありゃ日本語じゃないだろうがとなる。
こういうブレス、今は平気だ。今もって受け付けられない私。
こんなタレントが歌った映像がある。年甲斐もなくだが・・・、新垣結衣が歌った映像がある。
○ハナミズキ
歌)新垣結衣
だいたいにおいて、中年おっさんの私はこの歌、まともに今初めて聴いた。サビの部分はわかっていたが。
オリジナル歌手の一青窈も、こんなブレスで歌うからこれが定番なのだろうけど。ちょっとイタダケナイ。
でも、新垣が歌うからいいだろう。許す、新垣ならば。って馬鹿なおっさんモード炸裂中。
さてさて、もう一度サウナへ。
【深夜のニュース・チェック】
☆☆震災関連死、2人増え16人に…肺塞栓症40人☆☆
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160427-OYT1T50032.html
☆☆熊本地震2週間、なお3万7000人が避難所に☆☆
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160427-OYT1T50085.html
心が痛むこの記事。3.11後にもこのような深刻な状況あちこちであったが。あの時の教訓生かされていないようである。心痛む。
☆☆避難所に必要な物資、迅速に…支援システム運用☆☆
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160427-OYT1T50035.html
実際、その救援物資等々はスムーズのわけがない。だけど、当初、ネットで見る一般人のブログの中に「今回はボランティア活動の仕方も「確立」されていて、その物資援助ルート・システムも」なんて記述みて私は憤慨したのだが。
そう簡単に対応出来るわけないだろう!!と。
そういえば、なんだかメディアもそういう感じした。つまり、臭いものには蓋じゃないが、最悪のことよりも、なんか「大丈夫、がんばろうムード」煽っているように。
でも、でも、避難している方々、そう簡単にいくわけじゃないだろう。
世の中、大型GWに突入するのだが、彼らにはそれどころじゃないわけだ。
永田町のお偉方金持ち連中は、テレビの前では如何にも深刻そうな顔して出てくるが、彼らの心には「GW」のことしかないだろう。その「GW」の過ごし方いかんによって、夏に予定される参院選挙、そして巷間囁かれている同時に衆議院の解散総選挙における自分の「座」、所属する政党の明暗が決まるから、それしか頭にないだろう。
現地で献身的に作業している復興に携わっている面々には頭がさがる。そういう復興作業にもっともっと税金使えばいい。それは多くの国民が許すのではないか?
【マーラーに求めるもの】
《NHK交響楽団演奏会》2016年4月27日(水) サントリーホール
バーンスタイン:「キャンディード」序曲
バーンスタイン:「オン・ザ・タウン」―「3つのダンス・エピソード」
バーンスタイン:「ウェストサイド物語」―「シンフォニック・ダンス」
マーラー:交響曲 第4番 ト長調
(ソプラノ)安井陽子
(管弦楽)NHK交響楽団
(コンサートマスター)伊藤亮太郎
(指揮)レナード・スラトキン
上記演奏会を聴いてきた。やはりマーラーに注目。私、スラトキンが随分と前にこの曲をN響で指揮した定期が頭にある。その時、例のごとく、N響の音が普段よりも薄く感じた。それは悪い意味じゃなくて、音の構成が・・・。あの油絵のような感じではなくて、水彩画、それもそれもかなり薄い淡い色の挿絵のような。だから、普段聴いていたマーラーとは違った。けれど、それまたどこか「なるほど」「スラトキンってこういう音求めているんだねぇ」と会場で思ったものである。
濃厚さはない。その前後、彼は五番も振った。これまた同じ感想持った。いずれもが会場からはブラヴォー飛んだけど、多分、こういう淡いマーラーが好きな人がいるのだろう。わかるような気がしないでもない。
昨晩もほぼ同じような感想持った。これがスラトキンなんだと。でもでも不思議。前世紀に聴いたそれらは「これもまた新しいマーラーだろう」と納得したのだが、今回はちょっと違う。なんだかスムーズ過ぎて・・・・。物分り良すぎてというか・・・見通し良すぎてというか・・・。前半のバーンスタインの曲を聞いているような延長上のマーラーで。
そうそう、思った、「深刻さ」「不条理」等々には目をつぶって、避けて、如何にもって感じで復興ムード煽っているような今の日本社会・・・・それが頭に過ぎった。
これは常々思うのは「スラトキン」の責任というよりも、今のN響の持つ音楽性がこれなんだろうなぁぁぁと。失礼ながら。
だって、多分、ヤルヴィが振っても傾向同じだし、ブロムシュテットでも同じ。
ただし、彼らが自分たちの手兵を振った時は何か違う要素がここに加わり、別の境地・・・それは私を納得させる境地になるもの。悔しいけど。
【「マラ四」・・・・思い出すのはハイティンク】
昨年の初秋にハイティンクの来日公演でこの「マラ四」があった。これだって基本的には「淡い」マーラーのハイティンク。だが、だが、だが、違うんだよねぇ。オケの持つ音の陰影、そしてそれを巧みにまとめる、自然に引き出す巨匠ハイティンク。やはり違うんだよね。
彼の指揮する「四番」は生でも数度聴いた。コンセルトヘボウ、ベルリン・フィル、ボストン響・シカゴ響・ロンドン響・・・あとどこかで聴いた。
N響の演奏会というのはよく私は書くが、マーラーやろうとブルックナーやろうと、また、レクイエムやろうと、会場内では終わったあと如何にもッて感じで静寂とそしてその後のお決まりのブラヴォーショータイムが始まるのだが、だが、ほんとホール出て外歩く頃には酔が冷めてしまう。余韻がない。
もちろん、素晴らしい余韻増幅の演奏会もあるけど、それは確率的に非常に少なくなった。特に今世紀になってから。
今、ハイティンクのこのマラ四画像に浸っていた。やはりいいよなぁ。
①マーラー:交響曲第四番ト長調
(ソプラノ)アン・シュワンウィムズ
(管弦楽)オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団
(コンサートマスター)ヨリス・ヴァン・レイン
(指揮)ベルナルド・ハイティンク
2014年ライブ録画
二年前のライブ、ハイティンク、二年前、今と違うなぁ、やはり昨年はこの指揮の動きに比べると動きが小さくなっているもの。
昨年のロンドンとの演奏もさりげなく素晴らしいものであるけど、このオランダ放送フィルとの演奏もまたジワジワと静かに静かに余韻増幅がある。
それにロンドン響もオランダ放送フィルも、その彼らが持つ「音の次元」が違うよねぇ・・・・日本のオケとは。日本のオケは物分りが良すぎるっていうか、「単」なんだよなぁ、音が。
【ロッテルダム・フィルのお見事なマーラー】~苦手なクック版のマーラー10番~
こんな素晴らしい直近の演奏画像がアップになっている。
今年の春、この演奏会がコンセルトヘボウであること、それは情報で知っていた。この時期にもし、欧州旅行が出来たら、この演奏会が目当てとしただろう。だが、四月はどうしても長期休暇は取れないからなぁ。
そうしたら、嬉しいことにこの演奏会も「オランダ放送協会」の公式アカウント「NPO Radio 4」より格別の音質・画質状態でアップ配信された。それが二日前。いいねぇ、ネット時代は素晴らしい。
その画像は下記
②ロッテルダム・フィル演奏会(in アムステルダム)
・ヴィレム・イェツ (Willem Jeths):第一交響曲~第四部「昇天への憧れ」
・マーラー:交響曲第十番(クック版)
セシル・ヴァン・デ・サント(メゾ・ソプラノ)
ヤニック・ネゼ=セガン
イゴール・グルップマン(コンサートマスター)
(メゾ・ソプラノ)セシル・ヴァン・デ・サント
(管弦楽)ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
(コンサートマスター)イゴール・グルップマン
(指揮)ヤニック・ネゼ=セガン
2016年4月23日 コンセルトヘボウ大ホール(アムステルダム)
よだれが出てきた(キタナイ、すまん)、このプログラム構成、そして指揮者とソプラノの名前、凄い。そしてその演奏が凄かった。釘付けになった。
一曲目の作曲家は名前は知っているが、詳しく知らない。オランダの作曲家。そして、曲も何もしならない。が、タイトル直訳すると「昇天へのあこがれ」となる。なんだか怖いタイトルだが。
だが、この曲、いい曲。なんだかいい曲。
そして後半のマラ10。これはクックによる補訂版。全曲版。
指揮がネゼ=セガン。フィラデルフィア管弦楽団をどん底から立てなおしている名指揮者。注目の指揮者。彼はオランダ放送フィルの指揮者でもあり。
私、クック版のマラ十はちょっと苦手であり、どれもが感動したことなかった。生演奏でもしかり。CDでも。マラ十ならばアダージョだけで十分といつも思っていた。
数年前にDVDで発売されたインバル指揮コンセルトヘボウの演奏画像もイマイチ感動しなかった。
だが、だが、上記の演奏には心惹かれてしまった。クック版のマラ十ってこんなに良かったっけ? いい演奏だ。
これは世紀の名演だろう。
そして、このプログラミングが実に妙。こういうプログラミングがいい。一曲目も二曲目も結局は「最期」がキーワードだろう。
このネゼ=セガン・・・・いいよねぇ。こんなにいい指揮者だったとは。
当分この上記のネゼ=セガンとNPOの演奏を毎日流していてもいいと思った。
私、実はこのネゼ=セガンに対しては数年前まではそんなに評価していなかったのだが・・・・。数年前の演奏動画で、同じく公式チャンネルから配信された演奏がある。改めて観る。驚くのは数年前と当然といえば当然なのだが、ネゼ=セガンがすご~~くいい指揮するようになってる。自信というのだろうか・・・・。緻密だもの、オケの把握もスコアの読みというか。そして、数年前よりもこのオケのセガンに対する反応がいいし。常任指揮者とオケの関係ってこうじゃなきゃね。
③チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」全曲
(管弦楽)ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
(指揮)ヤニック・ネゼ=セガン
2010年12月23日 ロッテルダム・ライブ デ・デーレン
こちらは「AVROTROS Klassiek」の公式チャンネルからの配信画像。当時としては良かった音質画質だが、やはり日進月歩の世界、今の配信fileから比べると不鮮明か?
【オケの持つ音の密度、色合いの差】
↑↑↑・・・・これをモロに感じた昨日の演奏、いや、このスラトキン/N響の今回の三回の定期だった。
スラトキンもこの後、リヨンと来日、そして同時期にネゼ=セガンもフィラデルフィアと来日。どちらも生で聞きたいのだが、両方は到底無理。あぁ、困ったものだ。諦めも肝心。
いつか、いつか、ロッテルダムでネゼ=セガン、そしてデトロイトで今一度スラトキンを聴きたく。来日してくれないかなぁ。
朝五時まで、サウナで汗ながし、そして水風呂、風呂、休憩、その繰り返し。そして五時過ぎにはここをゆっくり出て山手線で東京駅へ。そして始発新幹線に乗って。
ワガマチ駅についたらそのまま会社へ。八時前に着く。そしていつものように仕事。事実上の月末、明日からはGWモードだし。ちょっと忙しいかな。覚悟はしている。