午後九時に帰宅。晴れ。星空。そしてが月が東の空に。そしてあれは木星か?

 オリオン座探す。冬の第三角もはっきりと。シリウスが輝く。位置が春のそれにかわる。春なんだよなぁ。しかし、外は寒い。
 この冷たさ、好きである。久しぶりに夜のウォーキング。
 小一時間のウォーキング。


【ニュース・チェック】

☆☆難民受け入れ「努力して」=日本などに転換求める―IOM事務局長☆☆

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160225-00000116-jij-int

 この問題、日本ではほとんど報道されなくなった。いつものことだが。
 芸能人の不倫問題とか、他人の好いた惚れた別れたどうのこうのばかり必死になって報道するならば、いくらワイドショーとはいえ、少しは上記のような問題を紐解いてみたら如何だろうかねぇ?


☆☆「新国立のいすを木製に」 自民党部会決議案が判明☆☆

http://www.sankei.com/politics/news/160225/plt1602250001-n1.html

 おいおい、こんな事も見切り発車だったの? そして、木製にするメリットが述べられているが、第一義的には自民党はあれか? 木材業関連から献金でも受けているために、「木」の利用促進なのであろうなぁ。きっとそうだ。
 これぞ隠れた「口利き」あるのかね?
 こんなことやっていると、当初の予算をかなりオーバーだねぇ。


【明日は「2.26事件」から80年】

 2.26事件・・・
 中学や高校の歴史では少しならったが、全体像をしったのは随分後。
 明日はこの2.26事件から80年目の冬。

「2.26事件」とは

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E3%83%BB%E4%BA%8C%E5%85%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 上記に概説あり。
 1936年(昭和11年)の事件。

 日本にもこのような「クーデター」「テロ」があったわけだ。この事件の後、我が日本は戦争への道にまっしぐらになるわけである。軍が権力を握るようになる。政党政治が終焉の運びとなる。

 皇道派の青年将校と軍の中枢の統制派の内部抗争。

 ほんと、不穏な時代だったのだよなぁ。そして、そして、政治に対して「軍」が強制力を持つとこのような結果になってしまう。こういう事件を二度と繰り返さないためにも、そのためにも現憲法を擁護したいのだが。 
 この事件に関する書物は多く読んだ。「右」「左」なく読んだ。
 いつの間にかだが、こういう時代になってしまっていた当時なのだが・・・・・

 なんだか八十年後の今、日本も現代版のこのような前夜になってしまっていないか?
 危ないなぁ、今の日本。

 なんだか一部の不穏な組織が、今の状況を良しとしない組織が、現代版「クーデター」なんてならないで欲しい。でも、何があるかわからないからな、今の時代。
 まして、永田町がこの低落だし。右・左の急進派・・・・・なんだかねぇ、不穏でもあるが。


【ショスタコーヴィチの第十一番交響曲】

 ショスタコのシンフォニーの中では十一番が一番好きかな。

 《ショスタコーヴィチ交響曲第十一番「1905年」》

 ショスタコーヴィチが1957年に作曲、同年初演された交響曲。題材は1905年に起きた「血の日曜日事件」をモチーフに。
 当時のロシアの民衆がロシア皇帝に懇願するために街中をデモ、行進、そして宮殿に向かうところで、丸腰の民衆に対して軍隊が発表、千人以上の死者を出したといわれる出来事。

第一楽章~Adagio 「宮殿前広場」

 夜明け前の静けさと不気味さ、これからここで起こる悲惨な光景を予告するかのごとく。

第二楽章~「一月九日」

 1905年1月9日は日曜日であった。この日にその「血の日曜日事件」が起きる。

第三楽章~「永遠の記憶」

 この事件で命を落とした人民への追悼の音楽のよう。革命歌「同志は倒れぬ」のメロディが聴こえる。

第四楽章~「警鐘」

 数々の革命歌のメロディが出てくる。一番気がつくのは楽章の中に「ワルシャワ労働歌」のパロディが出てくる。
 この楽章につけられた副題が「警鐘」とある。この「警鐘」の対象は何?と、いつも問いかけて聴いている私。

 直接的には民衆の敵である「帝政ロシア」への警鐘となるが。それも含めて、私は最近、この警鐘は、作曲家ショスタコーヴィチが、一般民に対する警鐘だと思うことも。つまり、「段々と知らないまに暗黒の世界になってしまう。気がついた時にはおそい。だから何時の時代も権力をチェックするように怠ることなく」との警鐘じゃないかと思う。 その作曲家自身の警鐘は今の時代にも極めて深い意味を持つと思う。

 私はショスタコーヴィチの交響曲の中ではこの「1905年」が好きである。

 この曲、最近はよく演奏されるし、よくCD化もある。しかし、私は昔の演奏が圧倒的に好き。現代人によるこの曲の演奏は、現代のあの新車のようで・・・・。スムーズは発進、ハンドルワークも何もかも。そんな感じで・・・物足りない。音はとてつもなく磨かれているが。

 いつも聴くのはムラヴィンスキー、スヴェトラーノフ、コンドラシン、ロジェストヴェンスキー等々のCDが多い。やはりこの指揮者たちの演奏はどこやら違う。音はなんだか冷たいし、録音悪くて荒れているし、だが、その中から感じる、目をつぶると頭に浮かぶなんともいえない不穏な空気が興味ある。

 それから比べると、昨今の演奏は、「血の日曜日事件」のあった場所が、さしずめ今hあテーマパーク化されたような、または、観光客でごった返しているような、自撮り棒片手にカップルが撮影しているような・・・・。マック片手に歩いている親子のような・・・・そんな情景思い浮かべる演奏が多い。それがなんだかなぁになる。

 私、好きな演奏CDは古いのだけど、これもいい

①ショスタコーヴィチ:交響曲第十一番「1905年」

(指揮)フランツ・コンヴィチュニー
(管弦楽)ドレスデン国立歌劇場管弦楽団

1959年 ドレスデンにて



 ドイツ人指揮者、ドイツのオケの演奏だが。そして例のごとく音が悪いけど。古い録音だ。この時代はドレスデンの街は東ドイツだ。ソ連の管理下の東ドイツであった。いわゆる冷戦時代。東西分裂時代。

 これと趣を異にする演奏がある。今人気の指揮者の演奏で。このCDもお見事である。だが、やはり現代人の演奏だなぁ。上記コンヴィチュニーや、ムラヴィンスキー、スヴェトラーノフ、コンドラシン、ロジェストヴェンスキーやバルシャイのそれとは大きくことなる情景の音であるが。

②ショスタコーヴィチ:交響曲第十一番「1905年」

(指揮)ワシリー・ペトレンコ
(管弦楽)ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団

2008年録音 CD音源



 天才ペトレンコの指揮のもの。このcdは発売当初から評判のもの。いい演奏だ。これは満足した。今でも時々CD出してきて聴いている。
 ただ、これは時代的に致し方ないのであるが、やはりペトレンコは現代からその1905年の風景を見ての演奏だと思う。過去のものとしての演奏。

 ①やムラヴィンスキー、スヴェトラーノフ、ロジェストヴェンスキー、コンドラシンは、まさしく彼の周りで起こっていた数々の事件から、この日曜日の事件を見ての演奏だから、そのリアル度が違うようで。その中を生き抜いてきた人間の演奏だものねぇ。違うわけだ。

 現代の指揮者の中でのショスタコーヴィチは誰のがいいだろう? まずは長老ハイティンクのショスタコはいい。そして、M・ヤンソンスもいいなぁ。それからやはりゲルギエフの演奏がいい。
 ゲルギエフのライブ画像がある。手兵のマリンスキーのオケを振ったもの。

③ショスタコーヴィチ:交響曲第十一番「1905年」

(指揮)V・ゲルギエフ
(管弦楽)マリンスキー劇場管弦楽団

ライブ画像




 2.26事件と、この1905年のロシアの血のメーデー事件は質、思想性が違う。かたや2.26事件は軍がクーデター起こして、軍が政治を支配するようになった事件。

 血のメーデー事件は、労農民が当時のロシア帝政に反発して起こした事件。2.26は「クーデター」「テロ」である。血のメーデー事件は、「革命」の第一歩の最中の事件。やがて、これが契機となってロシア革命と突き進むわけだ。

 しかし、革命だったとしても反革命テロだったとしても・・・・・いつもだが、一般国民に被害が来るのである。多くの人がこの事件、その後の社会の中で命を落としているのである。
 結局は一部の人の「権力闘争」であるわけ。

 ショスタコーヴィチは、ソ連スターリン独裁体制には反体制の立場だったのであろう。だと信じたいが。
 かといって、西側の「帝国主義」「独裁主義」にも反対だったはず。西側に興味を持ったのは、スターリン体制では絵に書いた餅状態になった「自由」が西側にはあるように思ったことはあるだろう。まっ、この辺は解らない。私は彼の音楽を通じて判断するしかない。
 この件については私は興味津々なのであるが。


【久しぶりにロジェベンの「チャイ四」】

 世紀の名演、ロジェストヴェンスキー指揮のチャイコ四番がある。このCDが出た途端に買った。私はチャイコフスキーの四番交響曲は大好きで、彼の交響曲の中では一番好きなだけじゃなく、古今のクラシックの曲の中でも最も好きな曲の一つ。

 CDも随分と集めた。100種類以上押入れに入っている。その中で好きな同曲演奏CDのベスト10には入る一枚がこれ。

 その演奏はCD化されている。そして、演奏動画がネット上にあるのを発見したのは随分前。興奮しながら観た。そして今夜、久しぶりにこの動画を再生している。

④チャイコフスキー:交響曲第四番へ短調

(指揮)ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー
(管弦楽)レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

1971年9月9日
ロンドン・プロムスライブ 映像動画音源

第一楽章





第二楽章





第三楽章



第四楽章




⑤チャイコフスキー:交響曲第四番ヘ短調

(指揮)ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー
(管弦楽)レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

1971年9月9日
ロンドン・プロムスライブ

 音源のみ




  ④と⑤は同じ演奏。④は映像、⑤はCD録音。
 もうもうすごい演奏。この物凄さ・・・・。終楽章の終わり、完全に終わらないうちに大きな拍手が出る。もう待ちきれなかったのだろう・・・・・凄い情景だ。

 いい演奏である。

 確か、この71年のロンドン公演は当初はムラヴィンスキーの指揮の予定だったが彼が病気でキャンセルで急遽ロジェストヴェンスキーになったという風に聞いている。

 71年はまだ冷戦状態。東側のオケが、西側資本主義の総本山イギリスの首都ロンドンでコンサートなんてそりゃ考えられない事でもあった。そういう中での演奏。

 改めて聴いてみて、観てみて思ったこと。

 冒頭のファンファーレの音色が独特。ピッチがやや低いか? これはロシアのオケのピッチだ。ロシアの標準がこれ。

 オケの仕上がりには粗さあるけども、それが魅力にもなる。ロシアンブラスがすごい。そして、それらのブラスのヴィブラートが独特。これは木管にも言える。
 ティンパニーがうまいよなぁ。独特のフォームだしなぁ。そして、このティンパニー配置がドイツ配置。

 弦楽器の音と粘りがいい。この音色、ロシアだ。今となっては聞くこと出来ず。

 コンマスはリーバーマン。ムラヴィンスキーの信任が厚い人。後にリーバーマンはオランダへ亡命同然で活躍。アムステルダムのコンセルトヘボウのコンマスに就任。


【もうひとつの名演~マルケヴィッチ指揮ロンドン交響楽団】

 旧ソ連(ウクライナ)のキエフ生まれの名指揮者マルケヴィチがロンドン響の指揮してフィリップスに録音したチャイコフスキーの四番も好きである。

 時折、この鬼才指揮者はガスバーナーの蒼い炎のような音楽を作るが、ここでも時折。

⑥チャイコフスキー交響曲第四番へ短調

(指揮)イーゴリ・マルケヴィチ
(管弦楽)ロンドン交響楽団



 素晴らしい演奏。惚れ惚れ。

 この頃のロンドン交響楽団、凄い。

 さて、そろそろ・・・・眠りたく。この⑤と⑥を聴きながら・・・・。