今日は、胡金銓(キン・フー)監督の「空山霊雨」(1979年、Raining in the Mountain)を紹介したい。1979年の金馬奨5部門(最優秀監督、美術設計、撮影、録音、音楽賞)受賞作品であるが、

 

同じ年に作られた「山中傳奇」とスタッフもキャストも何か重複してない? と思っていると、韓国の山中から済州島までロケをしながら同時に2作品を撮ったものらしい。

 

「山中傳奇」は伝奇ロマンといった感じの作風だったが、こちらの「空山霊雨」は、独特の不思議な雰囲気の中、仏教寺院で繰り広げられる後継者争いと、秘伝の経典の争奪戦を描いたアクションドラマだ。

 

アクションドラマは分かったけど、こんな画像ばかり並べているのは何故? 実は、絵画のような美しい景色が冒頭から延々と続くんである。

 

 

どこまで引っ張るのかなと思い始めた頃、広大な景色をバックに歩いている3人が、ようやく姿を現す。

 

三宝寺に辿り着いた3人は、右から吳明才(ウー・ミンツァイ)、2人目が孫越(ソン・ユエ)、その左が徐楓(シュー・フォン)、出迎えた僧侶が秦沛(ポール・チュン)である。3人は大地主と妻と従者ということになっており、三宝寺僧正の後継者選びに招かれたのだが、

 

実はこの2人は孫越が雇った盗賊であり、三蔵法師直筆の経典を奪い取ることが目的だった。

 

同じく、後継者選びの助言役として招かれたワン将軍に田豐(ティエン・ファン、写真左)とその従者に陳慧樓。彼らが後継者として推す僧侶に石雋(シー・チュン)。「山中傳奇」の出演陣とかなり重複してます。

 

大地主が支持する後継者候補の僧侶に、魯純。

 

経典の争奪戦が始まると、一気に緊張感が高まる。私の印象としては、時が止まったか、あるいは静止画を観ているかのような「静」のシーンと、激しいアクション、つまり「動」のシーンが唐突に切り替わるイメージだ。

 

大僧正に金昌根、左は吳家驤。

 

後継者候補に清らかな水を汲んで持って来るよう命じ、その知恵と工夫を試すようなシーンもある。

 

そんな中、罪人の佟林が出家するために三宝寺に連れて来られ、経典の争奪戦と後継者選びに、重要な役柄を担う。

 

キン・フーの幻の傑作という評も見かけるが、そもそも、彼の唯一無二のスタイリッシュな作風には、ただならぬ才能を感じさせるものがある。ただ、キン・フー大好きな私としては、1つのロケで2つ映画を撮って、どっちつかずになったような気もする。最高傑作という声もある「山中傳奇」に比べて完成度の点で劣る、といった話でもないんである。あくまで私個人の感想に過ぎないが、両方撮って1作品分という印象なんだなぁ。「ラーメンも炒飯も食べたいので、半ラーメンと半炒飯にしました」みたいな……。違うってか。

 

キン・フーは監督デビュー作から観ているが、何となくサミュエル・フラー作品と同じような映画作りへのこだわりを感じ、同種の愛着を覚えてしまう。“アジアの黒澤明”という表現はピンと来ないけど。さて、映画は徐楓が捕らえられ、出家するシーンで幕を閉じるが、キン・フー作品でデビューした彼女が全編を通して活き活きとしているのが印象的であった。