YouTubeでドラムソロをアップしましたが、ここで俺のドラムルーツを話したくなりました。
タイトルどうり俺の心の中にはいつもリスペクトする、ラウドネスのドラマー樋口宗孝さんと青山純さんとレッドツェペリンのジョンボーナムがいます。

皆さんもう他界して動画しか見れないのが残念です。

そしてボーナムは見ることすら出来ずビデオでの勉強、樋口さんには教えてもらった事も、青山さんはドラムプレイもセットも見せてもらい貴重な話をさせてもらいました。今でも忘れられない人達です。
今回は、その中の1人樋口さんとの事を話します。

世界進出を果たし米国でも本当に有名になったラウドネスがデビューした時、俺は中学生
どの音楽雑誌を見ても、ラウドネスデビュー❗️
レコードを即買い、すぐにサウンド、ドラムスタイルに心撃ち抜かれました。
ラウドネスをコピーし、ラウドドラミングが出来なきゃドラマーじゃないと言われて今でも使用してる樋口サイズのステックで、(この頃の俺には重かったけど)必死に練習。

あの人みたいになりたい!から始まり上京、時代の流れでバンドサウンドは違いますが、がむしゃらにメンバー探して、嵐士と出会いT-BOLANの原形になる。

オーディションを受ける時は、絶対ラウドネスがいるビーイングだと決めていた。

そして優勝、やった!ラウドネスと同じ事務所だ〜
でも顔出した時には、ラウドネスはもう独立。

ガッカリしたけど、いろんなアーティストのレコーディングで、樋口さんが叩きに来てた。
そんな俺を社長がレコーディングブースで叩く樋口さんを見せてくれた。

震える心を抑えて見続けた。

そして、何とマネージャーの気遣いで、ドラムを教えてもらう事に。

前日は眠れませんでした。
夢のような時間はあっという間。

今も教えてもらったフレーズ、そしてドラムソロやれ!もっと強く叩かなあかんで!の言葉がずっと心に刻まれて今がある。

デビューもしてないBOLANライブに社長と一緒に見にこられてアドバイスももらったり、そんな俺のドラムソロは、気分は樋口!必ずフレーズは入れるようにして、さらに爆発してやろうと思ってました。

しかし生涯のバンドと思つてたT-BOLAN解散、父の他界を機に、引退決めて大都会を去った時、もうドラムにピリオドかなと・・しかしまさかのT-BOLAN復活、この時に俺の心の中の樋口ドラム、ラウドドラミングがまた蘇ってきたのです。

永遠に樋口さんを越す事は出来ませんが、
今までに吸収したもの混ぜて自分のドラミングにしていきたい思ってます。


そんな気分で叩いてるんだなぁ〜と動画見てくれたら嬉しいなぁ〜^ ^

今回アップしてる動画1.2も手ブレはありますが、バスドラムの風圧でカメラが揺れてる感じも見たり、みなさんの方から中々見れない足元も見れる横からの映像、ドラムソロ3も見てください‼️




KAZ