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祖母が、まだ、佐賀県嬉野町で、伯母と一緒に暮らしていた頃、
夏休みになると、祖母(母の母)に連れられて、祖父(母の父)の墓参りに行った。
小学5年から中学1年までは次兄と一緒に、(昭和38年~昭和40年)
中学2年から高校3年までは私一人で、祖母について行った。(同41年~45年)
もう、52年も昔のことだ。
祖母は、私達に祖父の墓を教えておきたくて連れて行ったのか、
それとも単に荷物持ちだったのか、祖母も伯母も母もいないので、もはや聞くすべはない。
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墓参りに行くには、嬉野から西肥バスに乗った。
嬉野には、国鉄バスと祐徳バスと西肥バスがあったのだが、そのうちの西肥バスだった。
国鉄バスというのは、JRは隣町を通り、嬉野には乗り入れていなかったのだが、
(この度の西九州新幹線では嬉野駅が出来た)
嬉野までのお客が多かったので、武雄温泉から嬉野まで、
国鉄がバスを運行していたのである。国鉄らしい?赤いバスだった。
西肥バスは国道34号線を嬉野から武雄方面に行き、
日の出城から西に曲がって、波佐見方面に向かった。
30分ほど走ると、内海(うちのみ)というバス停について、
そこでバスを乗り換えた。
上の地図で、緑の矢印↓が点いている地点である。
下の地図では、矢印の下に、内海らしき文字と、バス停のマークが見えている。
内海は、バスの乗換駅、いわばターミナルがあるのだから、結構賑やかな街ではあった。
そこで少し待ってバスを乗り換え、また20~30分ほど乗って行ってバスを降りた。
何というバス停で降りたのか、もっときちんと覚えておけばよかったと、
今になって思うが、覚えていないので、しょうがない。
私にとっては、厳木町本山浦田の自分の実世界から、
祖母と伯母の住む嬉野というパラレルワールドに身を移し、
そこからさらに、祖父の墓という第3のパラレルワールドに進むのだから、
夢の中の夢という感じで、不思議な時間だった。
ちなみに、祖父は私が物心ついた時にはもう亡くなっていて、
祖母の家の居間に掲げてあった写真でしか会ったことはない。
(続きます)