三国志 と 親魏倭王 | かずとのたびのブログ いい出会いと記憶 田舎爺の人生

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「画像はほとんど拝借です」
爺の故郷は山の裾 トンボも蝶チョも飛んでいた
過ぎ来し方を振り返り 明るく生きて参ります
孫の成長楽しみに いつか旅立つその日まで

 

テレビの三国志を見ている。

月日は流れ、関羽が戦死し、曹操も亡くなった。

 

これからは孔明と司馬懿の戦いになっていくのだろう。

 

 

その頃、倭国では卑弥呼が女王に共立されていた。

そして、南部九州勢との争いが起き、卑弥呼は魏に助けを求め、

親魏倭王の金印を下賜された。

 

「渡海三千里 一朝にして到る」との心強い言葉をもらったが、

南部九州勢は呉と結び、北部九州は魏と結んだということだろうか。

 

「渡海三千里 一朝にして到る」だから、

卑弥呼の女王国は北部九州にあったということだろう。

 

渡海三千里とは、

朝鮮半島と対馬の間が千里、

対馬と壱岐の間が千里、

壱岐と末路国や伊都国との間が千里で、

半島から九州まで都合三千里ということである。

 

漢委奴国王の金印は志賀島で発見されたが、

早く、親魏倭王の金印も発見されてほしいものだ。