黄体の数が多い方が妊娠合併症を減らすことになるかも | 両角 和人(生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療専門医の立場から不妊治療、体外受精、腹腔鏡手術について説明します。また最新の生殖医療の話題や情報を、文献を元に提供します。銀座のレストランやハワイ情報も書いてます。


背景

これまでの多くの論文は黄体がある方が良い(ホルモン周期より自然周期の方が母体合併症リスク低い)という報告で、「黄体の数が多いほど良い」という結論は見られませんでした。今回の論文が示している「複数の黄体があると妊娠高血圧症候群(HDP)が減る」との結論は初めてのことであり興味深い内容なので紹介します。
ART(体外受精やICSI)妊娠では、プロトコルによって黄体(Corpus Luteum, CL)の数が大きく異なります。
自然周期・自然妊娠 → 1個
ホルモン周期FET(AC-FET)→ 0個(外因性ホルモンで卵巣機能抑制)
高刺激・新鮮胚移植 → 複数個(中央値9個)
 

黄体は妊娠初期のエストロゲン、プロゲステロン、リラキシン、RAAS因子などを分泌し、胎盤形成や母体循環適応に重要。数が異常(0個または多数)だと、妊娠合併症や胎児発育に影響する可能性があります。

検討の方法
ロッテルダムPericonception Cohort(2010–2022)1,861例の単胎妊娠を解析。
CL数で3群:0 CL(n=72)、1 CL(n=1,327)、>1 CL(n=462)。
主要評価項目:妊娠高血圧症候群(HDP)、妊娠糖尿病(GDM)、在胎週数、出生体重。

主な結果


母体アウトカム
黄体が0個→GDMリスク有意に上昇(aOR 2.59, 95%CI 1.31–5.15)
HDPリスク上昇傾向(aOR 2.02, 非有意)
 

>1  CL
HDPリスク有意に低下(aOR 0.59, 95%CI 0.39–0.90)
子癇前症リスクはさらに低下(aOR 0.36)

出生アウトカム
>1 CLで在胎期間がやや延長(+2.08日)、早産リスク低下傾向。
出生体重は全体では有意差なしだが、性別で異なる傾向:
女児:0 CLで出生体重パーセンタイル上昇(+12.93)
男児:>1 CLで出生体重パーセンタイル低下(−6.18)

解釈
0 CLではリラキシンやRAAS活性低下 → 血管拡張不全・胎盤形成不全 → HDPやGDMリスク上昇。
>1 CLではホルモン濃度増加が血管保護的に働き、HDP予防の可能性。ただし男児では成長抑制の方向に作用。
性差は胎盤の適応戦略の違い(男児は成長優先、女児は胎盤発達優先)による可能性。

臨床的メッセージ
ARTプロトコル設計時にはCL数の影響を考慮すべき。
特に人工周期FETでは0 CLによる母体合併症リスクを認識し、予防策や管理を強化する必要。
多黄体の影響は一部ポジティブだが、胎児性別によっては成長抑制のリスクもあるため慎重な評価が必要。

言いたいことのまとめ

黄体が分泌するホルモンや血管作動物質が、母体の妊娠合併症や胎児発育に大きく関わっている可能性があり、FETのプロトコル設計時に黄体の数を考慮する意義がある。ただこの後の検討が必要と言える。


Koerts JJ, Voskamp LW, Rousian M, Steegers-Theunissen RPM, Wiegel RE.
Impact of corpus luteum number on maternal pregnancy and birth outcomes: the Rotterdam Periconception Cohort.
Fertil Steril. 2025;123(6):1039–1050.