「私はだれ?」フランスで人工授精児たちが権利を訴え 生殖医療、法見直し拡大 | 両角 和人(生殖医療専門医)のブログ

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以下産経新聞からです。


 フランスで提供精子で生まれた人工授精児たちが「出自を知る権利」を訴えて精子ドナー情報の開示を求め、政府が年内実現を目指す生命倫理法改正の焦点となっている。英国で世界初の「試験管ベビー」が誕生してから41年。欧州では生殖医療で生まれた子供たちが自己確認の権利を要求し、法見直しの動きが広がる。(パリ 三井美奈)

 ■「不安、終わらせて」

 「自分が何者か知りたい。当たり前の要求を認めて欲しい」。提供精子で生まれたバンサン・ブレさん(40)は昨年10月、下院の公聴会で訴えた。

 空港職員として働きながら、同じ境遇にある約200人の仲間と会を結成。知る権利を求めてきた。

 子供の頃から髪の色が両親と違った。出生の話をすると、食卓に重い沈黙が漂い、「両親は何か隠している」というわだかまりが常にあった。30歳の時、母親から「お前はお父さんの実の子ではない」と告げられ、心の重しが外れた。

 同時に、「遺伝病があるかもしれない。ドナーだった父はどんな人間なのか」と不安になった。現在は14~7歳の3人の子の父親。「息子がどんどん自分に似てくる。不安まで子どもに継がせたくない」と話す。

 フランスでは1973年に公認の精子バンクが設立され、提供精子・卵子で約7万人が生まれたとされる。94年に制定された生命倫理法は不妊の夫婦、あるいは2年以上同居した男女のカップルに対する第三者からの提供を認めた。提供は無報酬、ドナー情報は非開示が原則。人工授精による出産は「家族の秘め事」という風潮があった。

 だが、ブレさんのような人工授精児が結婚年齢に達し、法見直しを要求し始めたことで、世論は変化してきた。子供たちが仏政府を相手取り、欧州人権裁判所(仏ストラスブール)に提訴する動きも相次ぐ。出生情報を知ることは、欧州人権条約が保障する「私生活や家庭の尊重」にあたるという主張だ。

 ■見直し相次ぐ

 生命倫理法の改正は、今回で4度目。医師や哲学者で作る「国家倫理諮問委員会」は昨年秋、法改正に向けた意見書で「子供へのドナー情報開示は認めるべき」との見解を出した。

 意見書は、出自を知ることは子供が自己確立し、新たな家族を作る成長過程で重要だと明記。児童の権利条約が「できる限りその父母を知る権利」を明記していることにも触れた。

 今年1月には下院委員会が、18歳に達した子どもへの情報開示容認を提案。法改正前に提供したドナーについては、開示に同意を前提とした。政府は6月に法案を策定する予定だ。

 論議の背景には、欧州で広がる情報開示の動きがある。84年、スウェーデンが子供の「知る権利」を法制化したのが先駆けで、現在はスイス、英国など10カ国以上。ドイツでは、基本法(憲法)が定める人格権と位置づけられる。

 近親婚の危険も浮上した。カナダでは3年前、同一精子ドナーから36人の子供が生まれたことが発覚。ブレさんの会では、民間DNA検査で5組に血縁関係があることがわかった。

 ■代理母出産の子

 パリ郊外の大学生(18)、バレンティナ・マンヌソンさんは代理母出産で産まれた。1月、自分をタブー視せず、認めて欲しいという思いを本にして出版した。

 「あなたは私の存在を否定するのですか。私はこうして、ここに生きている。普通の人間です」

 仏民法は代理母出産の契約は「無効」と明記。代理母あっせんは禁錮1年、罰金1万5千ユーロ(約180万円)の刑罰対象となる。バレンティナさんは米国で代理母から生まれたため、仏政府はフランス人の両親が提出した出生届けを受理せず、いまも親子関係を認めていない。

 だが、バレンティナさんは15歳の時、フランス国籍を取得した。欧州人権裁判所が14年、フランス人両親の訴えを認め、「子供の利益を最優先せよ」と仏政府に要求したからだ。バレンティナさんと双子の妹に、各5千ユーロ(約60万円)の賠償金支払いも命じた。

 欧州で代理母出産は独仏などが禁止する一方、英国やギリシャは条件付きで容認する。不妊夫婦が米国に行き、代理母を依頼するケースも多い。

 バレンティナさんとの親子関係を訴える母シルビーさん(53)は、拉致容疑者として当局に事情聴取されたこともある。娘の入学や入院のたびに身分証がないため、苦労した。

 ■「家族壊れる」懸念も

 フランスでは現在、出生児の約3%が、体外受精や精子ドナーなど生殖補助医療で生まれている。ブレさんが「私の親の世代と違い、20代の親は人工授精について他人に話すことにためらいがない」と驚くほど論議がオープンになった。

 代理母出産について、倫理諮問委は「解禁すべきでない」の立場だが、シルビーさんは「世間は変わった。いずれは認められるはず」と期待を示す。世論調査で「代理母出産を認めてよい」という意見は13年には39%だったが、昨年は55%まで増えた。

 一方、現状追認で法を変えれば「家族制度が壊れる」という懸念も強い。下院公聴会では、ブレさんと別の人工授精児が「現在の親との絆が変わるのでは」と法改正への不安を語った。情報開示を決めた国では、ドナーが30%近く減ったとの報告もあり、制度の維持が難しくなるという指摘も出ている。

 【談話】フランス国家倫理諮問委員会のジャンフランソワ・デルフレシ委員長

 生命倫理とは、医療や科学の発展、社会の変化のバランスを探る作業だ。生命倫理法改正では事前に国民討論会を行うが、必ずしも合意形成のためではない。みんなが発言し、理解し、他人の意見を聞く過程こそ重要だ。フランス人の家族観は大きく変わった。一方で、子供の権利確保、弱者の保護、肉体の商品化の禁止という、変わらぬ原則がある。私は医師として、この原則は譲れない。

 最近10年で最大の変化は、同性結婚の合法化(2013年)だ。生殖医療の倫理を突き詰めると「結婚とは何か」という問題に直面する。諮問委は昨年、男女の結婚・事実婚夫婦に認められた精子提供を、女性同士のカップルや独身女性にも認めてよいという意見を出した。父親のいない子どもの出産をあえて認める、ということだ。現在、若い夫婦の4割は5年以内に離別し、父親不在の家庭は多い。倫理的観点から、女性の「産む権利」を拒む根拠はどこにあるのか。

 精子・卵子提供をめぐる状況も変わった。かつて親は出生の秘密を保ったが、現在では60%が子供が青年期になった時点で事実を伝えている。民間DNA鑑定で、独自に親を捜す子供もいる。ドナー情報開示を禁じるより、容認して手続きをきちんと定めるべきだ。

 代理母出産については、認めるべきでない。アジアの貧しい農村では、娘を代理母にする商売がある。肉体を商品化してはいけないという原則は譲れない。

 諮問委は1983年、国内初の体外授精児の誕生を機に設立された。当時は「自然に反する行為を認めてよいのか」という是非論に発展したが、社会は様変わりした。

 【「フランス生命倫理法」とは】

 1994年制定。臓器移植やヒト胚研究など「人の尊厳」に関わる医療・科学の規制を定めた。施行から7年以内の法改正が原則で、改正前に国民討論会が開かれる。国家倫理諮問委員会が討論会を主催し、論議を踏まえて意見書を出す。

 【生殖医療 日本の場合】

 厚生労働省の審議会部会は2003年、子供が15歳に達した段階で、精子ドナーが特定可能な情報開示を認める提案をしたが、反対論は強く、法制化は進んでいない。代理母出産では07年、タレントの向井亜紀さんが米国生まれの子との親子関係の確定を求めた裁判で、最高裁が訴えを退けた。判決は「代理母出産が行われているのは公知の事実」として国に法整備を求めた。