私という存在は、自分自身だけでつくられているのではなく、社会という共同の組織のなかで、私という個人が育てられてきました。私という存在は個人としてとても弱い存在です。相互に承認し合うことで私たちという強い存在になっていきます。

 私たちはべったりとした関係ではなく、少し距離をおいてお互いに肯定し合いながら生きています。家庭や地域や社会で、親や隣人や会社員として、また市民や国民として、それぞれの役割を担いながら、お互いに支え合っています。