追従(ついしょう)を憎むという人がいる。しかも、それは追従の仕方を憎んでいるにすぎない。

 ※追従・・・こびへつらうこと。

 

 同じ追従でも褒めるところを間違うと相手の機嫌をそこねてしまう。相手がどこを褒めてもらいたいか、的確に把握して褒める必要があるということだ。だから褒め上手になることは難しいのだ。何でもいいから褒めまくっていると、かえって相手を貶めることになるから注意しなければならない。

 

 自分を欺く賛辞よりも自分にとって有益な非難を選ぶような賢明な人はほとんどいない。

 

 人は自分の人生の栄養になるかもしれない忠告や批判よりも、耳障りの言い誉め言葉を選ぶものだ。人は誉め言葉を、何度聞いてもうれしく思うものだ、それが自分を甘やかすことになるとしても。

 

 褒められるのを固辞することは、もう一度、褒められたいという願望にほかならない。

 

 生きている限り褒められたいというどうしようもない自己愛の塊が人間である。しかし、人間はすべての人から褒められたいというわけではなく、自分の近くにいる人々、家族や恋人や友人や職場の同僚といった顔の見える関係の中で褒められたいと思っている。きみは褒められることによって、いま・ここに・いる自分、に自信をもつことができるからだ。

 

 Sayaさんは現実的な風景を独特な色使いで心象風景に変えてしまう写真家です。