ずいぶん遠くまで歩きました。

 五時間ほど、ひとりで。

 それでも孤独さが足りない。

 まったく人通りのない谷間なのですが、

 それでもさびしさが足りない。

   頭木弘樹 編訳『絶望名人カフカの人生論』(新潮文庫)から

 

 人は遠くへ行きたいと思っています。労働からも愛からも世間からも遠く離れて行きたいと思っています。孤独の声を聞きに、魂の声を聞きに、そして自分自身と出会うために遠くへ行きたいと思っています。

 カフカはずいぶん遠くまで来ましたが、「孤独さが足りない」、「さびしさが足りない」と嘆いています。カフカの求めているのは、慰安としての孤独やさびしさではありません。生そのものの孤独やさびしさではないでしょうか。その生の本質的な孤独さがカフカの小説の世界をつくっています。