100分de名著「ブッダの言葉」を紹介し、100分de名著の「物語・ストーリー」の特性である「未完の完結」についてお伝えしました。「不安の補完」が「完結しない現実」が有史以来循環している「人間意識の現実現象」です。⇒自慢話の「探求観光旅行」です。⇒「言葉・文字(イメージ)遊び」循環現象
私たちが存在する「地球」は、生物個体種「人間(ヒューマン)」の「未完の完結」の格好の「探求観光旅行地」なのです。
古今東西の「物語・ストーリー」の誰でもが「名前・名札・肩書」の人でした。
現行の古今東西の「偉い人」「有名人」の方々も同じ「名前・名札・肩書」の人々です。同時代的人々の「対象化」「モノ化」「擬人化」「象徴化」としての「不安の補完先」⇒「『写し・転写』現象」です。
「日々の新陳代謝の現実」を無視する思考が「人間思考⇒思い」の特徴です。
現行の「人間意識」のほとんどは「我が身」の「完全性・完結性」に意識が向かわないのです。常に外界の現象を「対象化」「モノ化」「擬人化」「象徴化」する事が意識に定着化しているのです。⇒「言葉・文字(イメージ)遊び」循環現象
「我が身」を知る事が、全ての現象への理解になる事に気づくタイミングが訪れています。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」については、古今東西の芸術領域分野で多大な影響をもたらせた画家として多方面で語られています。
参考の為「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の略歴年表を次回紹介します。
参考サイト
また数多くの「未完の完結」の作品を残しています。「未完の完結」については、いろいろな評論家がダビンチの生育から、完璧主義等、いろいろ解釈仮説を述べています。⇒「お話しのお話し」循環です。
参考サイト⇒「未完の完結」
レオナルド・ダ・ヴィンチの「未完の作品」たち – あつまるカンパニー株式会社
「ナマ身感覚同期」で見直すと、
「未完の完結」の理由は偶然・偶発ではなく「後世の人に残したメッセージであった事」が見えてきます。
絵画・デッサン等は、製作者の「対象化」「モノ化」「擬人化」「象徴化」による「イメージ投影⇒イメージ写し・転写」です。
「見せて、見る⇒見世物見物」の細胞の働き作用による「見える化」であった事がわかります。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の作品ではなく、どうして「タイトル」が付けられたのか、その発想・着想⇒「イメージ」については語られていても推察の域を出ていません。
また「ダ・ヴィンチ」自身が対象化した「ナマ身」に関心を示し描いていても「自身のナマ身」には無頓着だった事がDVD映画で語られています。
「ナマ身」を知るとは、毎日の新陳代謝を通し「自分自身」の「完全性⇒完結性」に「気づく事」を言います。
現代用語で言う「我が身40兆の細胞同期の写し・転写」を「実感する事を言います。
神経質になる必要はありません。その時々の身体反応に関心を示すだけでいいです。
「息をしている」「唾液が出た」「便意」「尿意」「空腹」「満腹」等々「生理的反応」に気づけばいい事です。
1~2週間すると自然に「ナマ身反応」がわかるようになります。わかったぶん、自然に気分が楽になります。気づきます。
「物語・ストーリー循環」にあると、普段からナマ身意識しない状況が定着化しているので「ナマ身感覚」が鈍感になっています。
「ウィトルウィウス的人体図」
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」が1485年から1490年頃描いた。536年前
レオナルド・ダ・ヴィンチが1485 - 1490年頃に描いた。
レオナルド・ダ・ヴィンチ「万能人・その驚くべき人生」時代背景
「ダ・ヴィンチ ミステリアスな生涯」は、1972年にイタリア放送協会が制作し、NHKで放映された伝記ドラマの傑作と言われています。
NHK放送「ダ・ヴィンチ ミステリアスな生涯」第1話~第5話・1972年7月26日~8月23日4時間32分・54年前放送
DVD1~3⇒7500円
DVD1ー73分
第1話ー1・最期の瞬間 2・幼年時代 3・フレンッエの修行 4・自然への傾倒 5・謎の告発 6・東方三博士の礼拝
東方三博士の礼拝 (レオナルド・ダ・ヴィンチ) - Wikipedia
DVD2ー99分
第2話ー1・ミラノ時代の幕開け 2・人体解明の探求 3・サライ 4・カテリーナの死
第3話ー1・最期の晩餐 2・伝統的画法との決別 3・最期の晩餐の悲劇 4・イザベラ・デステ 5・潜水具の着想
DVD3ー100分
第4話ー1・フレンッエ再び 2・対ミケランジャロ 3・人類初飛行の夢 4・アンギアリーの戦い 5・モナリザ
第5話ー1・メルツィとの出会い 2・叔父の死 3・秘密の装置 4・フランソワ1世の庇護 5・晩年の想い
ダヴィンチ「万能人・その驚くべき人生」







