「生身感覚同期⇒写楽」

「生身感覚同期⇒写楽」

ブログの説明を入力します。
「見せて・見る⇒見世物見物」が意識現象の本質⇒「写し・転写」
「人間意識」についての基本である「言葉・文字(イメージ)」現象を通し「生き死に臨床」から「不適応の回復改善」についてお伝えしています。

1990年代からの「映像の世紀」だからお伝えする事ができる「ブログ」です。映像記録が残され、公開されているから、生物個体種「人間(ヒューマン)意識⇒自我」が「見える化」されているからです。

「偉い人」「有名人」の先生方も未だに気づけない世界観です。

毎日の「メディア情報」「ネット情報」「スマホ情報」が伝えるメッセージです。

「こんなはずじゃなかった」と言う言葉は早川一光の最晩年の言葉です。

誕生後の「言葉・文字(イメージ)遊び」の「刷り込み⇒条件付け」された「名前・名札・肩書」の世界観でした。

「こんなはずじゃなかった」は「言葉・文字(イメージ)遊び」で生成された「意識⇒自我意識」の現象化です。

参考動画

早川一光こんなはずじゃなかった2016.5.26①2016年6月11日15分7秒⇒10年前の放送

早川一光こんなはずじゃなかった2016.5.26①

 

Dailymotion削除されています。NHKオンデマンド視聴可

ETV特集「こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ」2017年4月1日58分57秒

 

NHK番組案内
地域医療のパイオニアとして知られ、NHKの連続ドラマのモデルにもなった老医師が、がんになりました。

自宅で、自らが作り上げた手厚い在宅医療、在宅介護に支えられながら、 医師は、「こんなはずじゃなかった」と語り、それを題名にした新聞連載を始めました。


医師の名は、早川一光(かずてる)、92歳。戦後、京都市西陣で住民立の堀川病院を作り、「在宅医療」という言葉も制度もなかった時期に、積極的に地域に出る活動を展開。「西陣の路地は病院の廊下や」を合言葉に、病院を出ても安心して医療を受けられる体制を整えました。

「わらじ医者」の愛称で親しまれる老医師が、自ら患者になり、死を見つめた時、現在の医療や介護について何を感じ、何を伝えようとしているのでしょうか?「こんなはずじゃなかった」とは何を指しているのでしょうか?
番組は、自宅のリビングに置かれたベッドで一日の大半を過ごしつつ発信を続ける早川医師の暮らしを描き、未来に向けたメッセージを聞き取ります。」2016年5月26日放送

 

「ナマ身感覚同期」と同期していると自然に「これでいいのだ」が現象化します。

いつでも、どこでも、「こんなもんだ、これでいいのだ」との赤塚不二夫の「これでいいのだ」が自然に発せられます。

出典⇒天才バカボンの「これでいいのだ」

赤塚不二夫⇒1935年9月14日~2008年8月2日・72歳没⇒「ウィキペディア(Wikipedia)」

過去に紹介したお薦め動画です。全て削除されています。

アナザーストーリーズ「これでいいのだ!天才バカボン誕生」2024年2月2日

映画「マンガをはみだした男・赤塚不二夫」2016年4月30日1時間36分9秒

ETV特集「全身漫画家・真説・赤塚不二夫論」2009年3月29日1時間28分40秒

「赤塚不二夫とトンデモない仲間たち」1995年12月30日放送 還暦を記念しての放送

赤塚不二夫とトンデモない仲間達!!_哔哩哔哩_bilibili

 

赤塚不二夫とトンデモない仲間達 - ニコニコ動画

 

「こんなはずじゃなかった」と「これでいいのだ」⇒「絶対矛盾的自己同一」が在るからの現象化です。

①「こんなはずじゃなかった」⇒「表向きの世界観」が「反転」するからの言葉化です。「不安の補完」が「主体の生活」

通常の「言葉・文字(イメージ)」で生成された「意識⇒自我」の人々が、終末期で体感する現実現象です。

②「これでいいのだ」⇒「表が反転し、裏が表になる」体感が言わせる言葉化です。「了解する事」が「主体の生活」

なんらかのキッカケで通常の「意識⇒自我」が「ナマ身感覚同期」にシフトした人々が、日常世界で体感する現実現象です。

①・②どちらが選択されているかが現象化している現実現象です。