このブログは元アダルトチルドレンサバイバーだった私が、
どのようにして重傷アダルトチルドレンから回復し、
本当の自分で生きられるようになったのか?

実際に経験したことを余すところなく綴っています。

毒親育ち・アダルトチルドレンと言っても、
育ってきた環境も、心に負った傷の深さも人それぞれ違います。
私の回復への道のりと、あなたの回復への道のりは、
同じような過程を進んでいくとは限りません。

ですが、道なき道を、先の見えない真っ暗なトンネルを、
一歩一歩進んでいくことになると思います。

私の体験談を綴ったこのブログが、
真っ暗なトンネルの中に灯る明かりになって、
ほんの僅かでもあなたの足元を照らすことができれば、
こんなに嬉しいことはありません。

 一人でも多くの方がラクに自由になって、
自分の人生を“自分らしく”生きられることを切に願っています。

 

 

 

 

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ご訪問いただきありがとうございます♡

 

 

はじめまして、の方もいらっしゃるかもしれませんね。

このブログを見つけてくださってありがとうございます。

 

 

元アダルトチルドレンサバイバーである私が、

どのようにしてアダルトチルドレンから回復して、

“本当の自分”を思い出していったのか?

 

 

その場しのぎの対症療法ではなく、

根本的な原因に目を向けてメンタルをケアし、

一歩一歩回復していったその過程を

余すところなく綴っているブログです。

 

 

答えはすべて自分の中にしかありません。

 

 

その答えを見つけるのは自分。

答えを見つけられるのは自分だけなのです。

 

 

あなたの気づきのきっかけになれば幸いです。

 

 

 

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アダルトチルドレンから回復するということは、

言い換えれば「本来の自分を思い出すこと」です。

 

 

カウンセリングを受ければ受けるほど、

どんどん苦しくなっていくように感じたのは、

幻想の愛に酔っている状態から目が覚めてしまうから。

 

 

酔いから覚めて素面になっていくと気づきます。

 

 

親には愛がない、と。

 

 

そりゃそうですよね。

愛があったら虐待なんてしないし、

愛があったらネグレクトなんてしないし、

 

 

愛があったら妹は死んでいませんよね。

 

 

機能不全を起こしている家で育つということは、

明日の命も知れないという…

まるで戦場の中で育つのと同じことなんですよ。

 

 

いつ襲撃されるかわからないその時に備えて、

全神経をピンと張り詰めて過ごしているのですから、

本来の自分でなんて生きられるわけがありません。

 

 

本来の自分・ありのままの自分とは、

まるで素っ裸の自分をイメージしてもらえば、

わかりやすいのではないでしょうか?

 

 

あっちこっちで銃声や爆弾の音が聞こえる戦場では、

息を潜めて生きているのが当たり前でしょ?

 

 

そんな戦場で、

ひとり素っ裸でのんびりしていたらどうなります?

 

 

おまえは死にたいのか!!

そう言われてしまいかねない自殺行為です。

 

 

戦場で考えることと言ったら、

死なずに今日を生き延びるためにはどうするか?

 

 

それだけです。

 

 

素っ裸でのんびりしている人は戦場にはいません。

 

 

それが出来るのは、

平和な世界でバカンスを楽しむ人達だけです。

 

 

ですから、本来の自分で生きるためには、

心の平和を取り戻すのが先なのです。

 

 

自分の内側の状態が、

まるで開放的な南国リゾートで、

ゆったりと寛いでいるかのようにならないと、

 

 

本来の自分でなんて生きられないのです。

 

 

自分の外側じゃないですよ。

自分の内側がゆったりと寛いでいる状態ね。

 

 

戦場で育っただなんて大げさな~!と、

そう思われる人もいらっしゃるかもしれませんが、

“知らぬが仏”という言葉がありますでしょ?

 

 

アダルトチルドレンサバイバーって、

そんなに甘くありませんから。

 

 

以前の私も“知らぬが仏”でね、

本当に何もわかっていませんでした。

 

 

人間って、

実際に経験してみないことには、

わからないんですよね。

 

 

アダルトチルドレンからの回復は甘くない…

 

 

そんな現実を認めざるを得なかったのは、

容赦ない怒りの大爆発だけでは終わらなかったからです。

 

 

今まで抑圧してきた怒りの感情を

出して、出して、出しまくってケアした後は、

今度は恐怖や不安という感情に苦しめられました。

 

 

因みに、私は表面的には怒りが強かったので、

メンタルを掘り下げていくうちに恐怖が出てきました。

 

 

尋常ではない恐怖や不安感を

これまた尋常ではない怒りでフタをしていたのです。

 

 

だから、先に怒りをケアする必要がありました。

 

 

その逆の人もいます。

 

 

表面的には恐怖や不安感が強い人は、

メンタルを掘り下げていくうちに怒りが出てきます。

 

 

尋常ではない怒りや憎しみを

これまた尋常ではない恐怖でフタをしているのです。

 

 

そのような人は、先に恐怖や不安をケアする必要があります。

 

 

私は尋常じゃないぐらいの怒りを抑圧していたので、

恐怖もまた尋常ではないぐらいありました。

 

 

要するに、怒りも恐怖も同じ量なんです。

どちらか一方だけ多いなんてことはありません。

 

 

怒りの感情を解放するだけ解放したら、

今度は恐怖や不安感が強くなってしまった私。

 

 

あれも無理、これも無理、何もできない…絶望

 

 

そりゃあそうですよね。

 

 

戦場のような機能不全家族で育ったということは、

思い出したくもない恐ろしい経験をしているということです。

 

 

戦場で恐ろしい経験と言ったら、

殺られる!死んじゃう!と思うような目に遭っているということ。

そのような経験をしているということです。

 

 

そのため、重症なアダルトチルドレンは、

いつも最悪の事態を想定し、

まだ起きてもいない未来のことを想像して、

恐怖や不安を感じてしまうのです。

 

 

時系列でいったら前後するかもしれませんが、

カウンセリングを受けるようになってから3年目ぐらいかな。

 

 

お世話になっているセラピストさんの開催する

トーク会というものに初めて参加しました。

 

 

念願かなってやっと参加できたのです。

それまで参加したくても出来なかったんですよ。

 

 

重傷だった私が少しづつ少しづつ回復してきて、

やっとトーク会に参加できるまでになったのです。

 

 

ビックリでしょ?

 

 

その経緯を知っているセラピストさんは、

私がトーク会に参加できたことを本当に喜んでくれました。

(この時点では懇親会はムリでしたが)

 

 

半年に1回開催されていたトーク会

ブログで告知されるたびに行きたいなぁと思いつつ、

毎回断念していたんです。

 

 

なぜなら、子供を預けられなかったから。

 

 

近所に住んでいる親は、

子供を預けたくても拒否されるので無理

 

 

じゃあ夫は?

 

 

休日に子供2人を預けて出かけるなんて、

ぜったいに不機嫌になるに決まっているから無理

 

 

でも、たまたまトーク会の日に、

長男が主人の実家にお泊りに行くことになりました。

 

 

娘一人なら何とかなるかも。

 

 

恐る恐る主人に頼んでみました。

お願い!どうしてもトーク会に参加してみたい。

 

 

今から考えると、

もう信じられないぐらい不自由ですよね。

 

 

でも、今から10年ほど前の私はそんな感じでした。笑

 

 

カウンセリングで夫への不平不満を相談していたぐらいですから、

僕が見ているからどうぞどうぞ的な夫ではなくてね。

 

 

良い妻・良い母の呪縛に拘束されていた私は、

セラピストさん開催のトーク会に参加するのも、

意を決してという感じだったのです。

 

 

まだ独身の頃は、

そんなことなかったんですけどね。

 

 

働くようになって親の過干渉も多少は緩み、

仕事をして得た収入は好きなように使えたので、

束の間の自由を謳歌していた時期でもあったのです。笑

 

 

結婚して、夫婦2人だけの時もまだ良かった。

 

 

それが、こんなに不自由な私になってしまったのは、

子供が産まれてからです。

 

 

いえ、子供が産まれてからではないですね。

 

 

自分がマヒして気づかなかっただけで、

本当は子供の頃からずっと不自由で苦しかった。

 

 

私の心の闇を子供に投影することで、

機能不全の苦しみが露出してしまったんですね。

 

 

アダルトチルドレンが子供を産むということは、

世代間連鎖がバッチリ次世代へと繋がることを意味します。

 

 

私はまるで自分の母親の人生を、母の心の闇を、

そっくりそのまま完コピしたかのような状態になりました。

 

 

私の苦しみの原因は母親じゃないか!

 

 

その頃の私は、

感情が感じられるようになっていたので、

親に対してものすごい怒りを感じていました。

 

 

夫や子供に向けていた怒りが、

正しい相手先に向けられるようになっていたのです。

 

 

夫や子供への怒り、

他の誰かに対する恨み辛みはすべて、

本来なら親に対する感情だったのです。

 

 

でも、それもトラウマの回避行動で、

トラウマがそうさせるので仕方がなかったのです。

 

 

ですが、トラウマをケアしてしまうと、

トラウマを回避する必要がなくなりますからね。

 

 

怒りや恨み辛みという感情が、

正しい相手先に向けられるようになるのです。

 

 

じつはすぐ隣りに住んでいるんですよ。

私の両親。

 

 

だから、否が応でも顔を合わせます。

声も聴こえてくるし、姿も目に入ります。

 

 

私は親を完全無視するようになりました。

 

 

その頃の私は、親に対する怒りが凄すぎて、

会っても目が合わせられなくなり、

口もきけなくなりました。

 

 

とにかく避けたい。

親から離れたい。

 

 

私の心が親を拒絶するということは、

私が親から拒絶されていたからでしょう。

 

 

これトラウマ返しね。

でもそれがわかるのはまだ先のことですが。笑

 

 

それまで「良い子」だと思っていた娘が、

いきなり親である自分達を避けるようになれば、

当然呼び出されます。

 

 

隣りに住んでいるからと言って、

うちには来ないんですよ。

 

 

何かあれば呼び出される。笑

 

 

こんなの親子じゃない!

おかしいでしょ!

母親はギャーッと発狂していました。

 

 

はぁ?

泣きたいのはこっちじゃー--!

おかしいのはお前らだ!

 

 

とうとう堪忍袋の緒がブチッと切れた私は、

両親にこれまでの全てをぶちまけました。

 

 

妹が亡くなってからずっと、

カウンセリングを受けていることも、

 

 

あんた達から虐待を受けた傷が原因で、

こんなにも苦しんでいるんだ!ということも、

 

 

だから我が子を愛するということがわからず、

子供の心を傷つけてしまったということも、

 

 

すべてぶちまけました。

 

 

大きな声で涙ながらに訴える私に、

両親はごめんなさいと謝るどころか言い訳ばかり。

 

 

数々のトラウマをケアしてきたので、

噴き出した怒りを遮るものはもう無かったんです。

 

 

良い子の仮面?

そんなの関係ない!とばかりに私はトドメを刺しました。

 

 

あんた達のせいで妹は死んだんだ!

あんた達が〇〇ちゃんを殺したんでしょうが!

私は絶対に許さない!!

あんた達を絶対に許すもんか!

 

 

母親はそんなわけないでしょ!

なんで親に対してそんなことを言うのか!と、

泣いて怒っていましたが…

 

 

ここでも父親は、

母親の影に隠れるように黙っていました。

 

 

親不孝上等!

そんなの知るもんか!

私の苦しみをあんた達も思い知ればいい!

 

 

人によっては、

それは言ったらお終いなんじゃないの?と…

 

 

いくらなんでも可哀想だとか、

親不孝にもほどがあるとか、

そう思う人もいらっしゃるかもしれません。

 

 

でもね、そのような人は心が健康な人…

もしくは自分と向き合っていない人の言うことです。

 

 

私はアダルトチルドレンから回復するまでに、

両親とはこのような修羅場を3回ほど経験しています。

 

 

今回は1回目の修羅場。笑

 

 

でも、このような修羅場を重ねるごとに、

親との共依存の関係は崩れていき、

私はさらに自由になって回復へと進んでいったのです。

 

 

トラウマをケアすることで意識が変わり、

意識が変わったことで行動が変わり、

行動が変わったことで現実が変わってラクになる。

 

 

自分を癒せるのは自分だけなのです。

 

 

はぁ~ 今回も書いていて重かったわ。

今更ながらどんだけ?笑

 

 

 

To be continued♡

 

 

 

マイペースに配信中♡

内容はかなりハードなので自己責任でお願いします。笑