ニューヨーク物語 125 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ




暗闇が白む…。


ゆっくり昇る朝日が宴の終わりを告げた。


「カズミ、そろそろ帰って支度しないと…。」


カズシがポツリと言った。


みんなの動きが止まった。


そして、みんなの視線が落ちる。


「うん。」


私が立ち上がる。


「信じられない…。」


シェリーが言った。


「カズミが居なくなるなんて、信じられない。」


誰も答えなかった。


「すぐに帰って来るさ!な?」


カズシが私の背中をポンと叩いた。


「カズミと此処でお別れの人は、何か言い残した事は無い?」


私は身支度をしながら、みんなの顔を見渡した。


この中の何人かは、空港まで見送りに来てくれると言う。


「無いね?大丈夫だね?」


カズシが念を押す。


みんな黙っていた。


「じゃカズミ、後で迎えに行くから。」


「うん。」


私は、此処でサヨナラを言わなければならない友人達の方に顔を向けた。


「みんな…今迄ありがとう。それに今日は、こんなに遅くまで付き合ってくれてありがとう。」


誰かが…


泣き出した…。


「お世話になりました!」


私は深く頭を下げた。


私は、黙って一人一人と抱き合い、別れを告げ、カズシのアパートを後にした。


荷造りは済ませてある。


帰って、シャワーを浴びて、着替えたら…


出発だ…。


カズシのアパートの前でタクシーを拾う。


タクシーは真っ直ぐに14thストリートを目指して走り出した。


「途中までブロードウェイを走って。」


私はドライバーに、そう告げた。


もうすぐ、通りの反対側にステップスが見えて来る…。


私を二年と言う短い期間で急成長させてくれた場所。


不特定多数の人々が集うオープンスタジオにして、私の大切な学舎。


私のダンスを育み、言葉を教え、多くの経験と友人を与え、そして…


多くの喜びと涙を与えた、世界に唯一の、私の第二の故郷の家である。


私の原点…。


現在の私を『KAZUMI-BOY』足らしめたスタジオ…。



視界に、建物から張り出したステップスの旗が見えた。


私は窓から顔を出す。


建物がみるみる近づいて来る。


タクシーがステップスの前を通り過ぎる…。



私は頭を下げた。


『お世話になりました!』



『ありがとう』と言う言葉を上回る言葉は、どうして存在しないのか?


こんなちっぽけな言葉で、私の心を表現しきるのは、全くもって不可能であり、全くもって不完全極まりない。




『上手くなろう!今よりも!もっと上手く!それ以外に、この感謝の気持ちを表す事なんて出来ないんだ!』


私の目頭が熱くなる。


『もっと上手くなって…それで…いつか必ず、見て貰おう!今より上手くなった俺を!ニューヨークに見て貰おう!』



帰国したら、再び役者を目指す道も真剣に考えた。


しかしそれは、こうして私を育ててくれたステップスとニューヨークに恩返ししてからだ!


そう思った。



今、こうして当時を振り返ってみると、私が思うよりもずっと深く、ダンスは私の中に根を張っていた様である。


この二年間のニューヨーク生活が、私の中の『ダンス熱』を猛烈に引き上げ、ダンスの魅力を私の血肉に染み込ませてしまった。



結果、私は二度と役者の道を目指す事はなかった。





タクシーはひた走る。


昨日まで現実だった景色を思い出に変えながら…。


見慣れた景色は次々に背後へと流れ、一つ…また一つと過去に変わって行く…。


昨日と何一つ変わらない景色が今、私の目には非常に特別なものとして映っている。


タクシーは早朝のマンハッタンをタイムマシンの様に走り抜け、あっという間に14丁目のアパート…


ジョディーとMiss Kitty、そして多くのルームメートと暮らして来たアパートの前に到着する…。



アパートのエントランスを入り、部屋の玄関を開けると、ジョディーとスコットが待っていた。


寝ずに待っていてくれたのか…?


それとも、起きたばかりなのか…?


ジョディーの目が…


赤く腫れぼったい。


スコットの表情は…


神妙な面持ちである。



「お帰りなさい…。」


「…うん…。」


「コーヒー…飲む…?」


「うん…。」


私は…


急に、ジョディーとスコットに抱きつきたい衝動に駆られた。


しかし寸での所で、辛うじて、その衝動を抑えた。


ジョディーがコーヒーを煎れてくれる…。


幾度も幾度も見て来た光景…。


昨日までは、ありふれた、いつもの朝の光景…。


しかし…


今朝は…


その光景に胸が詰まる…。


スコットが手持ち無沙汰にウロウロと部屋の中を彷徨いた。


二人とも…


私と目を合わそうとしない…。


私はいつもの様に、テーブルに付き、ジョディーのコーヒーを待った。



『なんて…なんて言おう…?ジョディーになんて言ったらいい?』



すぐそこにやって来ている『その時』に…


ジョディーに告げる言葉を…




私はまだ決められないで居たのだった…。