遠くでジョディーとスコットの声がする…
意識が戻るも、朦朧としており、全てが定かではなかった。
ジョディーが私に何かを羽織らせた。
遠くで声がする…。
「カズミ?大丈夫?立てる?」
私は…
答えたのか?答えなかったのか?
スコットがパタパタと動き回る姿が、朧気に見えた…気がする…。
二人が私の身体を両側から支えて、起こした…様である…。
『何?どうしたんだろ…?』
私は、状況を把握出来ない。
私達3人はアパートの表に出た…らしい…。
スコットがジョディーに私の身体を任せて、通りに出て行くのが見えた。
ジョディー1人の力では支え切れず、私は路上に崩れてしまう。
「スコット!早く!」
ジョディーの声…。
「カズミ、しっかりして。」
次に気が付くと、私達はタクシーの中に居た。
私はジョディーとスコットの間でぐったりとしている。
「ジョディー…?何処…行くの?」
私が聞く。
「病院よ。」
「病院…?なんで…?」
「いいから!寄っ掛かってなさい。」
「俺を…病院に連れてくの…?」
「そうよ!」
「行かない…俺…。」
「行くのよ!」
私の意識が徐々にハッキリし始める。
「俺…どうしたの…?」
「トイレで吐いた後、気を失ったのよ。」
私達を乗せたタクシーは病院に到着したが、私には其処がどの辺の、何と言う病院かは分からなかった。
私は、ジョディーとスコットに身体を抱えられ、両足を引き摺られる様にして、病院のエントランスをくぐる。
「ダメだわ、スコット。カズミ、1人で立てない。手続きしてくるから、車椅子を用意してもらって頂戴。」
「わかった。」
私は、全身に力が全く入らない。
ほんの少しでも、支えてくれる力が減ると、そのまま倒れてしまいそうだ。
スコットが看護師を呼び止め、車椅子を持って来させた。
待合室に居る人達が、私を見ているのに気付く。
車椅子に座らせられた私はまた、半ば気を失った様な状態に陥った。
そして、次に気が付くと、私達は診察室が並ぶ廊下に居た。
気持ちが悪い…。
座っているのも辛い…。
「ジ…ジョディー…ダメだ…座ってられない…気持ち悪いよ…帰りたい…。」
「もうちょっとよ!頑張って!」
ジョディーの言う『もうちょっと』は2時間以上にも感じられたが、正確な時間の感覚など私には無く、果たして実際はどのくらいだったのか?全く分からなかった。
ただ…
この猛烈な不快感に堪える時間は、永遠より長い様に思われた。
私の意識は3度、4度…と失われ、意識が遠退く度に『俺は死ぬのか?』と思うほどだったのである。
あれほどまでに辛い状態に陥った事は、後にも先にもこの時限りである。
衰弱しきった私の身体は、痩せ細り、生物から物体へ変わってしまう寸前かの様に思われた。
そして、次に気が付くと、私達は診察室の中におり、私の目の前には、年配の女医が座っていた。
私の右脇にジョディー、スコットの気配が後頭部にあった。
ジョディーが女医と話している様だが、私の頭は二人の会話を理解する力が無かった。
不意にジョディーが大声をあげる。
「無理よ!この子の状態が目に入らないの!?」
『ジョディー…怒ってる…どうしたんだろ…?』
「大丈夫。自分で症状を話させて。」
女医が言った。
「こんな状態じゃ、症状を正確になんて話せないわ!」
「でも、貴女にだってこの子の感覚を正確に話せないわ。」
「それは…」
ジョディーが口ごもる。
どうやらこの目の前に居る女医は、私自身に身体の不調が如何なるものか?を説明させようとしているらしい。
「さぁ、話して頂戴。どんな具合?」
「彼の英語は完璧じゃ…」
「構わないわ。片言でもね。」
ジョディーの言葉を女医が遮った。
「喉が…痛い…すごく…。」
「それから?」
「身体に力が入らない…気持ち悪い…。」
「それから?」
「座ってるのが…辛い…。」
女医の質問は長く、細かかった。
私は度々、黙ってしまう。
言葉が出て来ない。
ムカムカする…と言う表現が思い浮かばない。
ゾクゾクする…と言う表現が思い浮かばない。
ガンガンする…と言う表現が思い浮かばない。
微妙な不快感を表す言葉が思い浮かばない。
頭が働かない。
私はもどかしさを感じながらも、苛立つ力も無かった。
女医の長い問診が終わると、私達はまた廊下に出された。
女医は問診だけで、診察はしなかった。
そこからまた、長い時間を待たされる。
遠退く意識…。
ジョディーが大声で何か言っている…。
『ジョディー…ごめんね…怒らないで…』
次に気が付くと、私は殆ど全裸で診察台の上に寝かされていた。
『寒い…冷たい…』
診察台の硬く冷たい感触が、背中に貼り付く様に感じられる。
うっすら目を開けた途端、痛みに近い眩しさ。
診察台の真上にある強い光が、私の目を刺した。
医師とおぼしき人達が、私の身体のあちこちを触る。
会話が聞こえて来るが、内容は理解出来ない。
私の意識は、また遠退いた…。
結果、私は扁桃炎であったが、症状は重く、扁桃腺が酷く腫れ上がっていた。
『こんな…40℃にも至る高熱を10日近くも我慢するなんて、感心を通り越して呆れる!』
と医師達が口を揃えた事を、後からジョディーに聞かされた。
最後の最後まで、ジョディーに面倒を掛けてしまった私であった。
医師から処方された薬に寄って、徐々に回復に向かった私であったが、結局、完治までに2週間近くもかかってしまったのである。