それからのステージ上での時間は、私に取っては生涯忘れられない『最も貴重な時間』となった。
踊りを始めてたかだか七年、真剣にレッスンに取り組み始めてから四年にも満たない私ではあったが、あれほどまでに舞台に集中出来た事はない。
三度のアクシデントと、約三十分の中断により、開演後暫くは、観客の『気』も大分殺がれていたらしいが、演目が進むうちに舞台上を凝視し始めた…と言う事だった。
私は?と言うと…
客席の空気も拍手も、何も感じず、聞こえもしなかった。
ただひたすら、一つ一つの作品の中に埋没する様に過ごしていた。
本当に嬉しい時に声を失う様に…
本当に美味いものを口にした時に声を失う様に…
本当に欲しかったものを手にした時に胸が詰まり、声を失う様に…
私は無言で、この舞台空間を貪っていたのである。
四回やり直したオープニングナンバーが無事に進んだ後は、大変な拍手だったそうである。
その拍手には『やっと滞りなく行ったか!』と言う意味合いが多分に含まれていただろうと思われる。
あれだけ気を揉ませた舞台も、始まってしまえばあれよあれよと時が早く進む様に思えた。
そしてプログラムは、あっという間にWAR。
私は衣装を着替えると、舞台袖へと向かう。
既にジャックとエイミーがスタンバイしていた。
「どうだいカズミ、緊張してるか?」
ジャックがいつもよりも硬い笑顔をよこす。
「うん。」
そう答えた私はしかし、自分でも信じられない程に落ち着いていた。
「あがってる様には見えないわ。」
エイミーの優しい声。
「この子にはアンタ達の心配なんか要らないと思うわ。」
いつの間にか私の背後にC・Cが立っていた。
「カズミは舞台じゃ別人よ。私達は自分の心配だけしておくべきだわ。」
C・Cが私のセットした髪の毛先を摘まみながら言った。
エイミーが言った。
「解るわC・C。さっきのカップルのナンバー、カズミはまるで別人だったもの。普段とも稽古場とも違ってたわ。」
エイミーは私の手を取った。
「本当に惚れてしまう様な錯覚を起こしたわ。」
C・Cは頷くとエイミーの言葉を引き継いだ。
「次も…気を付けないと、カズミをいたぶる筈のあたし達が泣かされるわよ。」
みんなが笑う。
知らぬは本人ばかりなり…
私は二人のやり取りを他人事の様に聞いていた。
「そんな事…」
『ないよ』と言おうとした時、舞台スタッフから合図がかかった。
「カズミ!スタンバイだ。板につけ!」
私はC・C達に向かって頷くと、真っ暗なステージへと進み、センターに付いた。
WAR冒頭のナレーションが、静まり返った真っ暗な空間に響いた。
瞬間、私には遠くに空爆の閃光が見えた様な気がした。
そして…
悲鳴をあげる間もなく、空中に飛び散る戦友達の影が見えた。
『WAR!』
力強いヴォーカルが叫ぶ。
照明が入った。
足下に転がる戦友達の遺体が目に入った。
私は一気に戦場へとワープしていた…。