2年とちょっとのニューヨーク生活。
当然、仲の良い友人も出来た。
今回はそんな友人とのエピソードの1つをお話しようと思う。
アーヴィンはヒューストン出身の女の子(と言っても、当時の私より1つ2つ年上だったが)であった。
彼女も足繁くSTEPSに通っており、バレエやダニエルのクラスなど、同じクラスを受けている事が多く、自然と仲良くなった。
彼女はジョディーとは全くタイプが違ったが、共通点が1つあった。
それは、非常に大人しく慎ましやかであると言う点である。
決して派手な出で立ちはせず、どちらかと言えば地味な方であったが、非常に可愛らしい顔立ちの彼女。
私達はよく、クラスとクラスの間の空き時間に、スタジオの廊下に座り込んでは話し込んだり、食事をしたりしていたのである。
話す内容の殆んどはダンスの事や、将来の事、家族やお互いの生い立ちの事などであった。
アーヴィンはブロードウェイのミュージカルダンサーを目指していた。
ある日の事、アーヴィンが言った。
「ねぇ、今日はクラスの後は何か予定がある?」
「いや、今日はスカラーの仕事も無いし、別に何もないよ。」
「じゃあ、あたしのウチに来ない?遅いランチでもご馳走するわ。」
「え?キミが作るの!?」
私は驚いて聞いた。
「そうよ、おかしい?」
「あ・・・いや・・・そう言う訳じゃないけどさ・・・。」
私がこんな発言をしたのには理由がある。
それはアーヴィンの日頃の食生活である。
空き時間に一緒に食事をしている時、彼女はサラダしか摂らないのである。
それも、ドレッシングやマヨネーズはおろか、塩すら掛けないのである。
つまり、生野菜を何も付けずにパリパリと小動物の様に食べるのである。
私はある日、彼女に聞いた。
「アーヴィンはサラダしか喰わないの?」
すると彼女はこう答えた。
「ええ。太りたくないの。2度と。」
「2度と・・・?」
「そう!私ね・・・デブだったのよ。」
「へぇ~!意外だな。こんなにスマートなのに!」
事実、彼女は細かった。
「遺伝よ。ママが太ってるの。だからチョット油断すると、すぐに太るのよ。」
ミュージカルダンサーを目指す今、彼女は必死に現在の体型を維持していたと言う訳である。
「でも・・・毎日サラダじゃ飽きるんじゃない?(しかも塩も掛けないんじゃ、味もないだろうに・・・)」
「太って後悔するより、ずーっとマシよ!」
そんな彼女が私をランチに誘う・・・しかも、彼女が料理をする・・・?
一体何を????
よもや・・・
塩気の一切無い、特大のサラダじゃあるまいな!?
・・・と、私は一瞬うろたえたのであった。
以前書いた様に、当時の私の食生活は、友人達から『相撲取りの食生活』と呆れられており、まさしくカロリーの申し子だった訳で、そんな私が『ウサギの様な食生活』を送っているアーヴィンの料理に果たして満足出来るのか!?
そう思ったのであった。
「よし!決まりよ!今からウチに来て!」
いつになくエネルギッシュなアーヴィンに、些かの不安を抱きながらも、私は彼女のアパートを訪ねる事と相成ったのである。
アーヴィンには同性のルームメイトが居たが、この日は留守であった。
アパートに着くと
「支度するから、用意が出来るまで適当に寛いでて頂戴ね。」
と、アーヴィンが言った。
女性同士のアパートの割には、細々とした飾り物もなく、なんと言うか・・・どちらかと言えば殺風景なリビングであった。
「まぁ・・・アーヴィンらしいと言えば、そうとも取れるかな?」
アパートに向かう道中、私はアーヴィンに聞いた。
「何を作ってくれるの?」
「そうねぇ・・・何がいいかなぁ・・・あ!KAZUMIはパスタは好き?」
「うん!大好きだよ!」
「じゃあ、パスタにしましょう!」
『良かった!サラダじゃないぞ!』
私は胸を撫で下ろした。
リビングをウロウロと徘徊する事、約10分。
隣のキッチンからアーヴィンの声・・・・。
「お待たせぇ!出来たわよぉ~!」
『え!?もう!?』
私は暫し忘れていた不安を再び感じた。
「は・・・早いね・・・。」
私は恐る恐る、キッチンへと向かった・・・・。
「あんまり待たせちゃ悪いでしょ?」
アーヴィンはニコニコと笑っていたが、私は・・・キッチンのテーブルの上に置かれたモノに目が釘付けであった。
パスタである。
紛れも無いパスタである。
パスタ以外の何物でもないパスタであった。
「さあ!どうぞ!」
アーヴィンは自らサッサとテーブルに着く。
私は暫し、テーブルの上のパスタを眺めていた。
「どうしたの?冷めちゃうわよ。」
「あ・・・ああ・・・。」
私はアーヴィンに促され、テーブルに着いた。
より近づいたモノを見る・・・・。
白い皿の上に盛られたスパゲッティーである。
何らかのソースと思しき物は一切かかっていない。
具材らしき物も一切存在していない。
ただ・・・四角い物が、皿に盛られたスパゲッティーの上にチョコンと乗っている。
バター・・・の様だ・・・。
私は、後にも先にも、こんなにシンプルなスパゲッティーを喰った事が無い。
アーヴィンが私にもてなしてくれたのは、茹でただけのスパゲッティーの上にひとかけらのバターを乗せただけのパスタ料理だったのである・・・。
塩茹でもされておらず、ノンオイルのスパゲッティーである・・・・。
つまりは、スパゲッティーと熱湯とバターだけで作られたメニューであった。
私は一時でも、儚くもささやかな期待を抱いた自分の愚かさを呪った。
「KAZUMIは沢山食べる人だから、足りないでしょ?もう少し茹でようか?」
「いや!!!充分だよ!大丈夫!!!!」
「遠慮しなくていいのよ?」
「全然!!!今朝、喰い過ぎてるからね!これで丁度いい感じだよ(苦笑)!あはははは・・・・はぁ・・・。」
これは、私が忘れられない料理(そう呼べるなら)の1つである。
アーヴィンは一体今、何処でどうしているのやら・・・?
私が帰国した後、無事にミュージカルダンサーになれたのだろうか・・・?
今となっては、彼女と連絡の取り様も無いが、彼女の可愛い面影と共に「スパゲッティー、シンプルバター乗せ」は、私の記憶の中に永遠と輝き続けるであろう!
アーヴィン、ご馳走様でした!