ニューヨーク物語(番外編) | 鬼ですけど…それが何か?

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振付師KAZUMI-BOYのブログ


後期編に入る前に、思い出した幾つかの面白エピソードを書こうかと思う。



思い出したエピソード群が、正確には「いつ頃の話」だったか?までは思い出せないので、中期編に書いて行こうと思う。



今日これから書く事は、銀行での出来事である。


既に本編にも書いた様に、私は「不法滞在者」であった為に、銀行口座を持つ事が出来なかった。


ニューヨークに入った当初、全財産の殆んどをトラベラーズチェックに替えていたし、私にとって銀行と言う場所はほぼ無縁の場所・・・。


殆んど行く必要の無い場所だったのである。


しかしある日、私はどうしても銀行に行かざるを得ない理由が出来てしまったのである。



手持ちのトラベラーズチェックが遂に底を尽き、辛うじて持ち合わせていた日本円をドルに替える必要にかられたのである。


「持ち合わせていた・・・」


と言っても、大した額では無い。ほんの二万円くらいだ。


しかし、まだアルバイトの目処も立っていない私にとっては非常に大きな金額であったし、正しく「最後の砦」の二万円だったのである。


この二万円が尽きれば、正真正銘の「無一文」であった。


私は意を決して、この日本円をドルに替える事にしたのであった。



銀行などに足を運んだ事の無い私は、友人に聞き、円をドルに替えてくれる銀行の場所を教わった。


確か・・・


コロンバスサークル辺りの銀行ではなかったか?と記憶しているが、最早定かではない。



そして、その日私は初めて、ニューヨークの銀行に足を踏み入れたのである。


銀行の場所は定かではないが、銀行の情景は、この時の出来事と合わせて非常によく覚えている。


その日、私はレッスンの前に銀行に行くつもりであった。


ところが私はうっかり寝坊をしてしまい、レッスン前に銀行に行くにはあまりにもギリギリの時間になってしまった。


レッスンを受けてからでは銀行の営業時間に間に合わない。


しかも、財布にはもう数セントのコインしか入っていない。


私的には、かなり急を要していたのである。



私はアパートを飛び出すように後にして、走って銀行に向かった。


息せき切って銀行に到着すると、大きなガラス戸を押し開けて中に入る。


やたらに天井が高かく、大理石調の非常に広いスペース・・・。


私は辺りをキョロキョロと見回した。



「あ!あった!」



私は、横に数か所並ぶ窓口を見つけると、一目散に駆け出し、空いている窓口に噛り付いた。


その窓口には、でっぷりと太った黒人の女性がデーンと構えており、やたらに息を切らして駆け寄って来た私を怪訝そうにジロリと睨みつけた。


私は彼女の様子にはお構いなしに


「Could you please exchange ?(替えて頂けますか?)」


と、持って来た全財産の日本円を差し出して尋ねた。


すると彼女は、片方の眉を吊り上げ、こう言った。


「Where are you from ?(アンタ、どっから来たのさ?)」


私は暫し考えてしまった。


『金を替えて貰うのに、何処から来たのかを聞かれるモンなんだろうか?』


しかし、この場合の「どこ」は一体「どこ」なのだろう?


今住んでる住所であろうか?


私は悩んだ挙句・・・


「Japan !」


と答えた。


すると、目の前の大きな女性は大声をあげ、腹を抱えて大笑いを始めたのである。


さらには、隣の窓口で勤務する同僚にまでわざわざ声を掛け、事の成り行きを説明し、連鎖反応よろしく、隣から隣へとあっと言う間に窓口全体が笑いの渦に飲まれてしまったのである。


私は訳が分らずに、その場に茫然と立ち尽くした。


『な・・・なんなんだよ一体!どうしたってぇ~んだ?』


戸惑っている私の肩に、誰かがふっと手を掛けた。


私が振り返ると、そこには優しげな三十代半ばと思しき男性が立っていた。


そして男性は私に


「キミは、あそこに並ぶべきだったんだよ(笑)」


と言ってウインクし、人差し指を指した。


私が彼の指先が示す方を見ると・・・・


私の背後には、蛇行した長い長い順番待ちの人々の列が出来ているではないか!



寝坊して焦っていた私は、この長い列がまるで目に入らなかったのである。


「Where are you from ?」


すなわち・・・


「ちゃんと並べや!」


と言う嫌味・・・と言うか、たしなめる意味だったのである。


それに対して私は思いっきり「日本!」と答えてしまったわけで・・・。



全く、穴があったら入りたい!とはこの事である。


私は、その場に居合わせた人々全員の失笑を買いながら、優しき紳士にエスコートされ、列の最後尾に加わったのであった。


しかも、この紳士


「僕の前に入れてあげよう。僕が最後尾だ。」


と、順番を譲ってくれたので、恥ずかしさ倍増であった。


銀行内の笑いがおさまるまでに、暫しの時間がかかった為、私はずっと下俯いたままであった。



蛇行した列は長かった・・・。



私がレッスンに間に合わなかった事は言うまでもない・・・。