『髪を染めるの!?』
『そうだよ。』
『スパニッシュは黒髪よ。』
『此処に住んでるヒスパニック系の人達は、殆ど髪を明るく染めてるよ。』
ジョディと私が住む14丁目界隈はスパニッシュ街と言えた。
周辺住民はヒスパニック系の人達が多く、店もヒスパニック系の人達を相手にする店が多かった。
何かの記念日とおぼしき日には、アパートの前の通りではフェスティバルが賑やかに開催された。
『髪が痛むわ。せっかくの綺麗な黒髪が…』
ジョディは私が髪を染める事を、真顔で反対した。
『かもね。でも、ジョディだってブリーチして染めてるだろ?』
『そうよ、あたしの髪を触ってみて。ボロボロよ。あなたもこうなりたい?』
『ああ。なりたいね。そこまでボロボロになってもブロンドヘアに拘る気持ちを知りたいよ。』
ジョディは黙ってしまった。
—矛盾しているじゃないか!
自分だって、ブロンドの方が周りからのウケがいいから染めてるのに。
なんで俺の気持ちが解らないんだ!—
私は洗面所に入ると、髪を明るい茶色に染め始めた。
以後私は絶えず、肌を陽に焼き、髪を染めた。
日頃の格好も、極力周りの日本人からかけ離れた格好を意識した。
街中では、スパニッシュで話し掛けられる事が増えた。
『次の南部の仕事には、絶対に連れて行って貰うんだ!』
髪を染め終わり、私はジョディの居るリビングに入ると言った。
『いいわ。分かった。』
ジョディは私を抱き締めると、諦めた様に言った。
『髪が茶色になろうと、KAZUMIはKAZUMIよ。変わらないわ。』
こうして我と意地を張り通し、私は次の南部の仕事、テネシーはメンフィスへと向かったのである。
私が自分の容姿を気にし出した第一歩であった。
目が細く切れ長で、色が白く髪は緑の黒髪。
これが、欧米人のイメージするオリエンタルであり、欲する姿である。
二重で顔の造りの濃いオリエンタルは、欧米ではウケない。
私は、自分の持つ可能性を見て貰う前に『容姿』で判断される事の重要性を初めて意識した。
例え、最愛のジョディの意見を無視しようとも、今ある自分をアピール出来るならば、どんな事でもやってみたかった。
中途半端な容姿でも、何かを成しうる事を実現し、証明したかったのである。
欧米人がイメージするオリエンタルの容姿を持たなくとも、白人社会で『何か』を証明したかったのだ。
私は『こう!』と決めたら最後、絶対に途中で意見を曲げないが、この頃はその頑固さがピークであった。
周りがどう思おうが、どう言おうが、自分の意思を曲げる事は無かった。
友人達からはよく
『KAZUMI-BOYは我が儘だ』
と言われた。
しかし私は、間違った事はしていない!と言う自信があったので、友人達がどう言おうと、全く気にしなかったのである。
『せっかくニューヨークまでやって来て、自分の思う通りの結果が得られないなんて、絶対イヤだ!』
私はいまだに、一体、この頃の自分のエネルギーがどうしてこんなに攻撃的に充満し、発散出来たのかが分からないが、今でも、こうしたエネルギーを持てた自分が物差しの基準になっている。
『やってやれない事はない!』
羨ましい程に、一途にそう思っていたのである。
『やるか?やらないか?』
自身に問う習慣は、この頃から始まったのだろう。
シャザームと言うカンパニーに入った私は、それまで燻っていたエネルギーを一気に放出したかったのかも知れない。
行けない場所が無くなった私は、今迄以上に、週末毎に地方へ飛んだのである。
『もっと働く!もっと稼ぐ!』
ダニエルのショーに出る事が、最終的な目標である事に変わりはなかったが、こうした生活を送る内に、ニューヨークで生活する事自体に、一つの大きな意義が生まれ始めた事に、若い私はまだ、全く気付いていなかった。