結局ケヴィンはこの日のパーティーで、全ポーズ、全てのお気に入り衣装を私に譲る事になってしまった。
彼の意気消沈ぶりに、他のメンバー(ジョディですら)は誰も声を掛けられなかった。
一方の私の方は、この日をキッカケにギャラがアップし始めて行った。
私は益々、仕事に精を出した。
そしてこの日を境に、ケヴィンと私が同じシフトになる事も無くなったのだが、これに付いては、全く理由は分からず、ジョディの耳にも何の情報も入っていなかった様である。
そんなある日、年に一回行われるシャザームのダンサーを集めたミーティングが開かれる事になり、私はこの時、初めてこのミーティングに参加する事になった。
チーフマネージャーのアーニーがミーティングを取り仕切り、昨年シャザームがこなしたパーティーの数や、来賓からのシャザームに宛てた感謝のメッセージの紹介、これからの予定や、シャザームダンサーとしての心得の再確認等々が語られた。
ミーティングが終わり、皆が席を立ち上がろうとした時、思い出した様にアーニーが言った。
『そうそう!来週は南部の仕事が続くんだが、誰かシフトに入りたい諸君は居るかね?』
私は真っ先に挙手した。
するとアーニーは、やや困った様な表情を一瞬見せた。
しかし、すぐにそれを隠すかの様な不自然な笑顔で言った。
『あ…いや…実はKAZUMIには、その…ブルックリンとニュージャージーのパーティーに行って貰いたいんだよ。』
私は不思議に思い、アーニーの顔を見つめ、次の言葉を待った。
彼は気立ての優しい、嘘のつけない性分である。
私は『何か変だ』と直感していた。
第一、週末に遠方に飛びたがるダンサーは少ないのである。
マンハッタン周辺の現場に比べ、遠方の現場は必ずしもダンサー内の人気が高いとは言い難い。
だからこそ、遠方の現場を好む私をカンパニーは重宝していた筈なのである。
『そちらの仕事も重要なパーティーでね。スティーブもキミがそちらのシフトに入ってくれる事を望んでいる。』
『…分かりました…。』
私は、それでもなお、何か納得し兼ねる空気をアーニーから嗅ぎ取っていた。
私はミーティング終了後、ジョディを待たせて、トイレに入った。
トイレはミーティングルームの前の廊下の斜向かいにあった。
『何か変だ…。』
私は解せない思いが頭に充満してしまっていた。
大体、ミーティングが始まる前にアーニーは、私の顔を見つけるなりこう言ったのである。
『やぁ!Mr.マイレージ!キミが遠方の仕事を望んで引き受けてくれる事は、我々のシフト作りを大いに助けてくれているんだよ!』
と…。
私は洗面所で手を洗い、廊下に通ずるドアの取っ手に手をかけた…
『!』
外でアーニーとジョディの声がする…。
『…だから、KAZUMIは連れて行けないんだ…』
アーニーの弁解する様な声…。
『そんなの…下らない差別だわ…』
ジョディの声…。
私は固まってしまった。
『差別?差別って…何だ?』
アーニーが言った。
『KAZUMIだけじゃない。マイケルも連れて行けない。彼は黒人だからね…。』
私は、そのまま、その場にしゃがみ込んでしまった。
『何だ?今の会話?差別?マイケル?黒人?』
私は、ニューヨークに来て初めて、踊りだけではぶち壊せない壁に直面した事を覚った。
『俺が日本人だからだ…オリエンタルだから、連れて行けないんだ…。』