ニューヨーク物語 42 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ

「ケヴィン、KAZUMIと衣装を替えろ。」




楽屋にしていたミーティングルームに入って来たスティーブが、事も無げに言った。


居合わせた私達全員、彼の言葉の意味が解らず、そのまま固まってしまった。


誰も動かない様子を見て、スティーブが再び言った。

「KAZUMI、ケヴィンと衣装を替えるんだ。」


その日のパーティーはドクター達の集まりであったと記憶しているが、非常に大きな会場であり、来賓の数も、集められたシャザームメンバーの数も多かった。


マネージャーにはスティーブがついた。


と言う事は、シャザーム的に重要視しているパーティーである。


そして、この日のダンサーメンバーには、皆、日頃ダンスキャプテンを務める連中ばかりが集められた。


ダンスキャプテンクラスでないのは、私唯一人であった。


パーティーの主催者がスティーブの旧友か何かであり、メンバーも選抜されたとの事で、ケヴィンは会場入りする前からやたらに喋くり捲り、はしゃいでいた。

当然、メンバーの中にはジョディもいたので、私がケヴィンから攻撃される事はなかったが、それでも…


「KAZUMI以外はみんなダンスキャプテンだ!」


と発言する事だけは忘れなかった。




どんなに小さなパーティーでも、我々の食事はいつも主催者側が用意してくれるのだが、この日の食事は普段のパーティーとは格が違っていた。


我々の楽屋には、専用のケータリングサービスが付き、温かい料理が好きな時に好きなだけ食べられる様に、バイキング形式で並べられていた。


会場のデコレーション、客の雰囲気と服装…何から何までが普段の会場の比ではなかった。


今で言う、セレブの集まり…とでも表現しようか。



その様相に、ケヴィンならずとも、メンバーは軽い興奮状態であった。



衣装のオーダーも、普段のパーティーでは『目玉』になっている物ばかりが並び、ケヴィンは自分の気に入っている衣装ばかりのオーダーにご満悦だった。


この日のダンスキャプテンはジョディが務めたが、ケヴィンはジョディの指示を待たずにサッサとお気に入りに袖を通していた。




開場時間が迫り、私達の準備も完了間近であった。


そして、そんな楽屋に、スティーブが爆弾を投げ込んだのである。


私はジョディと顔を見合わせた。


「ヘイ、スティーブ!僕はもう支度しちゃってるんだぜ?」


ケヴィンが肩をすくめ、おどけた様子で言った。


部屋を出かかっていたスティーブは、ケヴィンの方を振り返ると…


「脱げばよかろう?早くしろ。時間がない。」


そう言って部屋を出て行った。


ケヴィンの形相は凄まじく、今までのご機嫌は一気に何処かへぶっ飛び、真っ青な顔色へと変化した。


彼は『Shit!(クソ!)』と大きな声で毒づくと、着ていた衣装を脱ぎ、鷲掴みにして私に突き出した。


「一体、どんな手でスティーブに取り入ったんだ!?」


そう言って凄んだこの時のケヴィンの形相を、私は忘れられない…。


「KAZUMI-BOY、衣装を取り替えて!時間がないわ。」

ジョディが言った。


ジョディは日頃、私を「KAZUMI」と呼ぶが、私を諭したり、慰めたり、はたまた怒る時など、ここぞ!と言う時には「KAZUMI-BOY」と呼んだ。


私は、そそくさと衣装をケヴィンと取り替えた。




後からジョディに聞いた話に寄れば、スティーブは日頃のダンサー達の仕事ぶりを逐一、他の各マネージャー達から報告を受けており、特に私に関しては、踊り、マナー、客ウケ、化粧、衣装の着こなしが抜群であるとの最高評価での報告がされていたらしい。


この日スティーブは、楽屋に入るなり、私とケヴィンの化粧を即座に比べ、長年所属しているにも関わらず、杜撰な化粧しか出来ていないケヴィンに腹を立てたのだと言う。




この日のオープニングは『アイスワールド』と言うテーマで、私が最も好きな衣装、最も得意な化粧のステージであった。


私はこの『アイスワールド』の為だけに揃えたメイク道具を持っていた。


アイスブルーのペンシルに緑色のマスカラ、白色パールのルージュに白と銀とブルーの糊付きラメ、ラインストーン等々である。



私は太く黒い眉毛を緑のマスカラで着色し、その上に銀のラメをまぶした。


濃いグレーのアイラインで目を縁取り、更にその周りをアイスブルーのペンシルで縁取り、ブルーのラメで装飾し、ラインストーンを張り付ける。


頬には、同じくアイスブルーのペンシルで氷や氷柱をイメージしたラインを描き、一度指でボカした後にもう一度濃いラインを描く。

白色パールのルージュをひいた後に、銀、ブルー、白のラメを張り付け、光やライトに変色する唇に仕上げた。


地塗りが白だからこそ映えるメイクを心がけた。


ピアスは、大きなキュービックジルコニアを二つはめ、その周りにもラメをまぶす。



私がケヴィンと取り替えた衣装の名前は『アイスプリンス』と呼ばれていた。


※ケヴィンとシフトが同じ時はいつも、ケヴィンがアイスプリンスで私がアイスクル(氷柱)であった。



「時間よ!」


ジョディが言った。


私達は、会場に一斉に飛び出した。


ドッと湧く場内…。




私がシャザーム所属中、最も大きなパーティーが始まった。