シャザームの仕事は、楽しさ半分、辛さ半分であった。
しかし、皿洗いにすら雇って貰えなかった私である。
紛いなりにも、踊りで稼げるのだ。
これ以上の事はない。
家賃を払って、喰って行ける…
この仕事に喰らいついてさえいれば、ダニエルのショーに出演すると言う夢が叶うまで、ニューヨークに居られるのだ。
ジョディが気に掛けていた様に、ケヴィンとの仕事は幼稚な嫌がらせの連続であったし、彼がダンスキャプテンに格が上がってからは、私への嫌がらせは、かなりおおぴらな物になった。
搬入搬出の際は、一番重たい物を私に運ばせ、衣装は一番古く、一番汚れている物を回した。
※ダンスキャプテンが、各ダンサーがどの衣装を着るかを決めるのである。
『この中じゃ、KAZUMIが一番の新人だろ?誰も着たがらない衣装でも仕方ないさ(笑)。』
ある日ケヴィンは、いつもよりも大声を上げて、周りの人間に『自分のしている事は意地悪ではない事』をアピールした。
私の隣に座っていた女性ダンサーが、そっと私に耳打ちして来た。
『アンタ、よく我慢出来るわね!何か言い返しなさいよ!』
私は笑って言った。
『別にいいんだ。』
私は、ケヴィンとの揉め事だけは避けたかったのである。
こんな事で彼とやり合い、よもや、それが原因でクビになる…などと言う事だけは回避したい…いや、回避しなければならない!と思ったのである。
大体、彼とやり合い、言い負かす程の英語力がない。
『こんな事でケヴィンなんかに、夢を潰されてたまるか!』
そう思えば何ともなかった。
以前にも書いたが、シャザームの衣装はお伽噺に出てくる様な物が多く、それぞれにテーマがあった。
一つのテーマには、幾つものタイプの衣装がある。
…と言うより、同じデザインの衣装はない。
大概はサイズが合う合わないで、誰がどの衣装を着るかが自然に決まるのだが、不幸にも私とケヴィンの体型が似ていた為、私達が同じシフトに居ると、着れる衣装はいつもバッティングした。
そして、私達のサイズの衣装は、テーマが違っていても何故か一番華やかであったり、一番カッコいいデザインの物が多かった。
ケヴィンは、それらの衣装を非常に気に入っていたし、それらの衣装が一番似合うのは自分だと豪語していた。
私がケヴィンと違うシフトであれば、ケヴィンのお気に入りの衣装は私が着る事になる。
ケヴィンが衣装に執着するのは、単純に『最も華やかな自分にこそ、最も華やかな衣装が似合う』と言う理由であるが、確かに会場での彼は華やかであった。
しかしそれは、彼がブロンドにブルーアイである事だけが理由ではない。
衣装に、帽子や被り物があれば毛髪の色など関係はない。
彼の動きそのものが華やかだったのである。
私は会場で踊りながら、ケヴィンの動きを観察した。
『ケヴィンは…ただノってるだけじゃない…あれは…何かの振付だ。』
彼は、既に完成された誰かの…或いは何かの振付を踊っている様だった。
幾らダンスが本業であっても、振付のないフリーダンスで踊り続けると言うのはしんどい物である。
『ただ踊っていれば良い』のであればともかく、客をノせなければならない。
パーティーの序盤戦はかっ飛ばせても、中盤から終盤戦にかけてはキツくなる一方である。
客も飽きて来てしまう。
何らかの振付を踊ると言うのは、ケヴィンなりの間延びを避ける対処法だったのである。
ただ唯一…
ケヴィンに欠けていた所を指摘するならば…
彼のメイクのセンスは最悪だった…
と言う事である。