こうして、ツアー日程を一つ一つクリアして行った私達。
ツアー中にクリスマスを迎え、メンバー皆で楽しんだ後、私達はニューヨークに戻った。
ニューイヤーの公演の為である。
そして、このニューヨークでの公演の後、ロスに向かい、そこでツアーの全行程が終了する。
私達は、他の何処よりもロスに行ける事を楽しみにしていた。
ロスでは、ニューヨークとは違うダンスシーンが繰り広げられているからだ。
私達は、フリータイムにロスでレッスンを受けたいと思っていたのである。
S君などは…
『もし、ロスが気に入ったら、そのまま少し滞在したい!』
とまで言っていた。
私達の初仕事は、順調に千秋楽に近づいていた。
私達は何日かぶりにニューヨークに戻り、ニューイヤー公演までのほんの3~4日の休みを楽しみ、そして各々がロスに思いを馳せていたのである。
しかし…
私達がロスに向かう事は無かったのである…。
私は初めてのカウントダウンをニューヨークで迎え、元旦の夜に行われるニューイヤー公演に備えた。
公演には、ニューヨークで知り合った友人達が、みんな観に来てくれる事になっている。
私はまるで遠足前夜の小学生の様な気分だった。
夜が明け、初めての海外での元日を感慨深く過ごし、夕方には劇場に入った。
『これが終わったらロスだよ!』
『ギャラが入ったら、何か買う?』
私達は楽屋で賑わっていた。
やがて、本番の時が来た。
私達のみならず、台湾からの出演者達も皆、いつもにも増して高揚しているのが分かった。
私に取っては、これがニューヨークでの初舞台となった。
ツアーの目玉である、アイリーンのショーは大いに盛り上がった。
演目は快調に進み、フィナーレを迎える。
フィナーレでは、出演者全員が並び、歌を歌う(恐らく、台湾でよく知られる歌だろう)。
ステージの照明は明るさ全開で、我々を照らした。
出演者も観客も、ショーを楽しみ、そして、ニューイヤーを祝い、満面の笑みで喜びを分かち合った。
…と、その時…
舞台下手前に設置された、舞台と客席通路を繋ぐ階段を、誰かが舞台に上がって来る…。
見ると、口髭を生やした若い白人の男性である。
彼は、ニコニコと拍手をしながら、私達出演者の方にゆっくりと近づいて来た。
『誰?ニューイヤーのゲスト?』
私は、白人男性の身なりを見た。
黒い薄手の革ジャンに、黒いスラックス…。
およそ、ショーのラストに招かれたゲストとは思えない。
横に居るアイリーンの顔を窺ったが、彼女も怪訝そうな表情を浮かべている…。
『アイリーンも知らない奴なんだ…』
と、次の瞬間!
正体不明の男が、何かを懐からサッと取り出し、出演者の老俳優目掛けて襲いかかった!
『ナイフだ!』
S君が叫んだ!
舞台上も会場も、空気が一瞬止まる。
そして…
悲鳴…。
『逃げろ!』
再びS君が叫んだ!
出演者達は蜘蛛の子を散らす様に、上下の舞台袖へと逃げ込む!
一体何が起こったのか?
パニックを起こした脳味噌では、誰もこの状況を理解する事は出来なかった…。