ニューヨーク物語⑬ | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ



『どうしよう…。』


私はすっかり落ち込んでしまった。


せっかくスカラーになり、これからだと言うのに、住む場所が無いとは…。


陽がある内はまだしも、陽が暮れてしまうと人間、心細さが増すものである。


悪い方にしか考えが及ばない。


『こんな事で、スゴスゴと帰国するのか…。』


もう、何も知恵が浮かばない。


どのくらいの時間、そこに座っていたのか?


私はふと、自分を呼ぶ声に顔を上げた。


たった今レッスンを終え、クラスから出て来たUちゃんであった。


彼女も日本からの知り合いである。


『あ…そう言えば、彼女にはまだ聞いてなかったな。』


Uちゃんはステップスだけではなく、方々のスタジオでレッスンを受けており、日頃あまり会わないので、彼女に相談するのを忘れていた。


なにぶん…携帯電話など無い時代の話である。


私は、友人知人に相談を持ち掛けるにも、バタバタと自分の足で走り回っていたのである。


まぁ、仮に携帯電話があったとしても、皆、昼間は殆どスタジオにいる訳だから、留守電にメッセージを入れるのが関の山である。


『どうしたの?いやに深刻な顔じゃない!』


私は彼女に事情を話した。

『確か、アタシが居るアパートに空き部屋があった筈だよ。大家さんに聞いて見ようか?』



正に地獄で仏!


私は一も二もなく、お願いした。



『良かった!なんとかなるぞ!』



Uちゃんの話に寄ると、大家さん夫妻は旅行中で帰りは明後日になると言う。


私はアパートに戻り、もう数日ここに居座る許可をM君から得た。




若く、無知であると言う事は、誠に呆れ返る程に単純である。


先程まで、まるでこの世の終わり…とでも言う呈だった何処かの誰かさんは、そんな近い過去をあっという間に忘れ、鼻唄さえ歌い始める始末である。



何処かの誰かさんは既に、次の住処に移り住めるものと思い込んでいた。




嗚呼…若きKAZUMI-BOYよ、世の中は、如何程左様に甘くはないぞ!



…などと言う、未来の私の声など届く訳もなく、いそいそと引っ越しの準備を始めた彼を黙って見守るしかない…。




さて…


大家が戻った事を確かめた私は、胸を高鳴らせてUちゃんのアパートに向かった。


どんなアパートでも、どんな部屋でも構わない。
1人で生活出来るなら、それこそ新生活のスタートだ。


Uちゃんの住むアパートは、私が間借りしているアパートから、ほんの2ブロック程下がり、コロンバス アベニューから東に少し入った所にあった。




ニューヨークのアパートは、程よく高さが揃い、建物同士が隙間なく建ち並んでいる。


マンハッタン島を縦に走る通りをアベニュー、横に走る路地をストリートと呼び、こうした横並びのアパート群は、各ストリートの両脇に建ち並んでいる。


私は、Uちゃんのアパートに到着すると、1つ大きく深呼吸をした。


大家さんは、1階に住んでいると言う。


私は表の呼び鈴のボタンを押した。


『愛想よく、愛想よく!』

私は、大家の登場をドキドキしながら待った。



現れたのは、白髪の頑固そうな60代後半とおぼしき老夫妻であった。


私は、満面にひきつった笑みを無理矢理に浮かべると、ペコリと頭を下げた。