『どうしよう…。』
私はすっかり落ち込んでしまった。
せっかくスカラーになり、これからだと言うのに、住む場所が無いとは…。
陽がある内はまだしも、陽が暮れてしまうと人間、心細さが増すものである。
悪い方にしか考えが及ばない。
『こんな事で、スゴスゴと帰国するのか…。』
もう、何も知恵が浮かばない。
どのくらいの時間、そこに座っていたのか?
私はふと、自分を呼ぶ声に顔を上げた。
たった今レッスンを終え、クラスから出て来たUちゃんであった。
彼女も日本からの知り合いである。
『あ…そう言えば、彼女にはまだ聞いてなかったな。』
Uちゃんはステップスだけではなく、方々のスタジオでレッスンを受けており、日頃あまり会わないので、彼女に相談するのを忘れていた。
なにぶん…携帯電話など無い時代の話である。
私は、友人知人に相談を持ち掛けるにも、バタバタと自分の足で走り回っていたのである。
まぁ、仮に携帯電話があったとしても、皆、昼間は殆どスタジオにいる訳だから、留守電にメッセージを入れるのが関の山である。
『どうしたの?いやに深刻な顔じゃない!』
私は彼女に事情を話した。
『確か、アタシが居るアパートに空き部屋があった筈だよ。大家さんに聞いて見ようか?』
正に地獄で仏!
私は一も二もなく、お願いした。
『良かった!なんとかなるぞ!』
Uちゃんの話に寄ると、大家さん夫妻は旅行中で帰りは明後日になると言う。
私はアパートに戻り、もう数日ここに居座る許可をM君から得た。
若く、無知であると言う事は、誠に呆れ返る程に単純である。
先程まで、まるでこの世の終わり…とでも言う呈だった何処かの誰かさんは、そんな近い過去をあっという間に忘れ、鼻唄さえ歌い始める始末である。
何処かの誰かさんは既に、次の住処に移り住めるものと思い込んでいた。
嗚呼…若きKAZUMI-BOYよ、世の中は、如何程左様に甘くはないぞ!
…などと言う、未来の私の声など届く訳もなく、いそいそと引っ越しの準備を始めた彼を黙って見守るしかない…。
さて…
大家が戻った事を確かめた私は、胸を高鳴らせてUちゃんのアパートに向かった。
どんなアパートでも、どんな部屋でも構わない。
1人で生活出来るなら、それこそ新生活のスタートだ。
Uちゃんの住むアパートは、私が間借りしているアパートから、ほんの2ブロック程下がり、コロンバス アベニューから東に少し入った所にあった。
ニューヨークのアパートは、程よく高さが揃い、建物同士が隙間なく建ち並んでいる。
マンハッタン島を縦に走る通りをアベニュー、横に走る路地をストリートと呼び、こうした横並びのアパート群は、各ストリートの両脇に建ち並んでいる。
私は、Uちゃんのアパートに到着すると、1つ大きく深呼吸をした。
大家さんは、1階に住んでいると言う。
私は表の呼び鈴のボタンを押した。
『愛想よく、愛想よく!』
私は、大家の登場をドキドキしながら待った。
現れたのは、白髪の頑固そうな60代後半とおぼしき老夫妻であった。
私は、満面にひきつった笑みを無理矢理に浮かべると、ペコリと頭を下げた。