私が大好きな野菜の一つに、セロリがある。
しかしこのセロリも、昔は嫌いであった。
セロリ嫌いの人達の多くがそうである様に、私もあの独特の香りが苦手だった。
小学五年生の時、弟が交通事故で負傷し、入院する事になった。
当時はまだ、完全看護なるシステムが無かったのか?或いはその病院のシステムなのか?
母は弟に付き添い、病院で寝泊まりする事になり、半年近く(もっと長かったかも知れない)、家に帰って来なかった。
父は、日中私が一人きりになってしまう為、祖父(父方)と叔母(父の妹)を呼び寄せ、暫くの間一緒に暮らす事になった。
祖父は、テレビの野球観戦と相撲観戦が好きだったのだが、その際によく生野菜を喰っていた。
この季節、トマトやら胡瓜やらを、塩をかけたり味噌をつけたりして、丸かじりするのである。
祖父は90過ぎまで生きたのだが、非常に歯が丈夫な人で、入れ歯が一本も無かった。
歯が丈夫な祖父が生野菜をかじる!
シャリ…シャリ…
バリ…バリ…
ポリ…ポリ…
これまた、非常にいい音をたてながら喰うのである。
野菜嫌いの私は、生野菜を食べる時は、マヨネーズやらドレッシングなど、味の濃い物で野菜の味を隠す様にイヤイヤ喰っていたので、この、祖父の生野菜を喰う姿がやたら新鮮かつ斬新に見えた。
『塩だけで美味しいのかな?マヨネーズの方が美味しいと思うけどな…。』
ある日、祖父は例の如く生野菜を片手にテレビを見ていた。
この日のチョイスはなんと、人参とセロリ!
私の嫌いな人参とセロリであった。
祖父はいつもの様に、非常に軽快な音をたてながら、人参とセロリを喰っている。
カリ…カリカリカリカリ…バリ…バリバリバリバリ…
私は、祖父が塩を振りながら、丸々一本のセロリを喰らう姿をジッと見つめていた。
ふと、私に気づいた祖父が言った。
『一緒に食べるかい?』
私は躊躇しながら首を横に振る。
『美味しいぞ!』
バリ…バリバリバリバリ…
私はすっかり、この音に魅了されてしまった。
何故か、あんなに嫌いなセロリが美味しそうに見えてくる…。
ボリ…ボリボリボリボリ…
私はついに、祖父のたてる音の魅力に負けてしまった。
『やっぱり…少し頂戴。』
祖父は「ほれ!」と、一本のセロリを私に差し出した。
私は塩を振りかけ、セロリをかじった!
ボリ…ボリ…ボリ…
『美味しいだろ?』
私はいまだに、何故にあんなに嫌いだったセロリを一瞬にして食える様になったのか?不思議でならない。
『うん!美味しい!』
『そうか(笑)。人参も旨いよ。』
私は祖父の魔法にかかり、一瞬の間に、人参とセロリを克服した。
人参もセロリも、食わず嫌いではなかった。
幾度かトライはしたものの、今まではダメだったのである。
正に魔法であった!
同じ夏の夏休み、クラブ活動で登校する事になったのだが、困った事に弁当を持参しなければならなかった。
しかし、母はいない。
私は仕方なく、叔母に尋ねた。
『明日さ…お弁当が要るんだけど…。』
『あら!そうなの?わかったわ!』
私は、叔母が料理をする所を見た事がない。
子供心に多少の不安はあったが、叔母に頼むしかなかった。
翌日…
弁当の時間に、私は叔母が持たせてくれた弁当箱を机の上に取り出し、蓋を開けた。
『』
私は、おもむろに蓋を閉じて、今見えた物について暫く考えねばならなかった。
『緑色のホース?と…たわし?』
まさか!そんな馬鹿な!
私は再び弁当箱の蓋を開けた。
弁当箱の縦の長さに、ピタリと長さを切り揃えた生のセロリが三本…。
そして、よく観察してみると…たわしに見えた『ソレ』は、冷凍食品の…何故か真っ黒に焦げたミニ ハンバーグだと判った。
それらの空いた隙間には白飯。
そして、アルミホイルの小さなカップに大量の塩。
『…………………………。』
出掛けに、叔母が言った言葉が頭に浮かぶ…。
『かずみちゃんが好きな物にしたわ!』
いや…確かに…そう…だけどさ…。
私は、なんとも筆舌し難い心地のまま、半ば呆然としながら弁当を平らげた。
帰宅し、空の弁当箱を叔母に渡した。
『好きな物だらけだったでしょう?美味しかった?』
私は叔母の目を見ずに「うん」と答えた。
『良かった!またお弁当の日は言ってね!』
もう…結構である!
以来、今日に至るまで、私は叔母の料理を食べた事は無い(爆)。