いざ帰りなん | 我が麗しき君と摩天楼

我が麗しき君と摩天楼

沢田研二さんへの想いを胸に秘め、ニューヨークに14年滞在後2013年帰国。
変わり果てた日本で逞しく生きる日々。

今日は更新をしない予定でしたが、こうやってまた書いています。

書く時間があるならば、病院に行くなり面接の準備をするべきなのでしょうが、全くやる気なし、気力無しのお休みでした。

それよりも寝たい。

明日は英語の面接なんですよ。
なにも勉強していません。
とほほ。

今の仕事の勤務時間短縮+英語の仕事を企んでおります。
どうなることやら。


話は変わりまして、来ませんよ、まだ。
お正月のチケットです。
おかしいなあ。
今までは、と言っても昨年からですが、早々と来ていたんですけどねえ。
明日かな。


ライブ遠征という行事も我が家では定番のこととなっている今日この頃です。

諸手をあげて、というほどでは無いものの、「次はどこ?」と両親からは笑顔で問いかけられ、空港行きリムジンバス乗り場まで早朝送り出してくれることも当たり前のことになりました。

ありがたい。


今から数年前、母親から国際電話がかかって来て、「あんた、日本に戻らないんならこの家売ろうかな。」と唐突に言われました。

それは困る。

NYでの生活に少々疲れを感じ始めていた頃、そんな母親の言葉を聞いて、このまま50、60、70と歳を重ね、老後を海外で過ごすことへの不安が大きく頭をよぎりました。

帰るか。

そして昨年帰国した私は、多くの難題を抱えながらも、なんとか毎日を過ごしております。

帰れる場所があるうちに帰るのが宜しかろう、と思ったわけです。

この人生で、最高に楽しく幸せな時間を過ごせた事が、今となっては、あれが贅沢な時間だったんだなあと、しみじみ思います。

あの頃に戻れるはずも無く、これから先あれ以上の楽しい人生を過ごせるとも思っておりません。

しかし人間とは欲深いと言うか、ただ私の諦めが悪いだけなのか、現状維持が許せないんですねえ。

体力がついていかないのが玉に傷ですけど。

今年で私の人生は半世紀を迎えまする。
そう考えると長いですねえ。
これからもっと長く感じるんでしょうかねえ。

よく人々は年始の抱負なんてものを考えるようですけど、強いて言うなら、「気が済むまでもがいてみるか」って感じでしょうか。

家賃無しの家があるだけ恵まれているんでしょうねえ。