心と舌の欲望 | 我が麗しき君と摩天楼

我が麗しき君と摩天楼

沢田研二さんへの想いを胸に秘め、ニューヨークに14年滞在後2013年帰国。
変わり果てた日本で逞しく生きる日々。

昨日、こんなに天候に変化があったら体調も壊しやすいよねぇ、などと考えていたらちょっと今熱っぽい。と、身体がだる~い感じがする。

風邪か疲れか、はたまた先週末から無事始まった沢田研二様の魅惑のライブに行けない哀しさが、私のココロに寂しい風を吹かせているのか。

「ぎゃあああああああ!ジュリーーーーーーーーーー!」
とライブで発狂できないことがこんなにも悲壮感を持たらしてしまうのか。

ううう~

昨夜、今晩の食事は何にしようか~と冷蔵庫を開けると、おかずになりそうなめぼしいものは無かった。
何か冷凍庫にあったら解凍しておこうと思ったのだ。
いや、何も無いのは何となく知ってた。やはり無かった。確認確認。

今週あけから疲労感が漂い始め、ここまで冷蔵庫に何も無いのも珍しいので、自動的に今日は作らなくていいよ~の日となり、お寿司を買って帰った。

す揚げしたソフトシェルクラブ( Soft Shell Crab - 脱皮直後の殻が柔らかいカニ )の巻物一本と、海老天の巻物一本。
本日はこの二本が夕飯になった。
両方でちょうど日本の巻き寿司一本分のボリュームになるだろうか。

NYでは相変わらず「鮨」は人気で、趣向を凝らしたさまざまな巻物を見ることができる。
上記の二本は中に共に巻かれる具として、アボカド、胡瓜、レタス、マヨネーズ、が代表的。
けったいな巻物もあるが、そこそこ美味しくいただけるものもある。

しかし量を必要とする私の食欲は、ネギトロ巻き、鉄火巻きなどと言っていたら何本あっても足り無いどころか、欲しい分だけ買っていたらNYではとんでもない金額になってしまう。
そして言っても詮無いことだが味はもちろん落ちる。
美味しいにぎりなど一般大衆には破たん覚悟で臨まなくてはならない。

もう日本のお寿司の味はとうの昔に忘れている。

昔々、釣り好きだった父親が、私の地元大分県の特産、関サバ、関アジを大量に釣ってきて、家族全員に幸せをもたらしていた。
母親がさばき私と二人でよくにぎった。やばいくらい美味しかった。

年に何回か酢飯を作ったりするが、砂糖はグラニュー糖、お醤油は安いこゆくち醤油を使うので、まずくはないが決してうまくもない。
頻繁に作らないので、作るたび味が違う。



ああああ、美味しいバッテラが食べたい。
ああああ、ジュリーに会いたい。