脳動脈破裂の危機⁈ 人生最悪のゴールデンウィーク 死にたくないよ! | カズのヨット世界一周航海&人生日記

カズのヨット世界一周航海&人生日記

2014年3月にスタートしたヨット世界一周航海は出航前にアクシデント続出。果たして、アメリカ・フロリダを出航して日本に帰還できるのか。挫折するのか。1年掛かるのか、2年掛かるのか。

大阪・関西電力病院の病室からの写真 堂島川

 

この病院に4日間、入院しました。緊急入院でした。

 

4月29日。久しぶりに、かなりの力仕事の作業をしました。

最近は自分の中で溶接作業がお気に入りで、まだまだ未熟で勉強中なのですが、鉄を切ったり、接続したりの溶接仕事が面白いのです。溶接が出来ると工作の幅が大きく広がります。(勿論、今はDIYのレベルでの練習中ですが…)

 今日は建築足場の鋼管を使って大きな塀を作っていました。

長さ6ⅿの鋼管が重くて、久しぶりに筋肉痛になるくらいハードな力仕事になりました。


 夜の9時に、急に頭痛がしてきて、頭痛薬を飲み、頭のマッサージをしましたが、よくなりません。後頭部から首にかけてが痛みます。

 

最初は、

「久しぶりの力仕事で筋でも違えたのか?」って思いました。

 しかし、痛い箇所が頭なので、次第に不安になってきて、ネットで検索して調べました。

 出て来るワードは「脳梗塞」「くも膜下出血」「脳卒中」「脳溢血」「動脈破裂」「動脈瘤」「動脈解離」etc

 僕は60台。歳も歳なので、怖くなってきました。最近、学生の頃の友人が脳梗塞を患い、死の危険に瀕したことがありました。

 しかし、自分を安心させる為に、悪い方には考えないように自分自身では思いたいもので、

「大丈夫、きっと筋肉痛だろう。。。」 と、言い聞かせました。

 

 次の日の朝、(4月30日) やはり、頭痛が酷い。後頭部が痛む。

怖くなり、「念のために病院に行くべきなのではないか」、って思い始めました。「万が一のことを考えて、大きい病院を受診しようか」と思い、大阪の中心、梅田周辺の大病院を選んで電話予約しました。

 

 当日の電話にも拘らず、緊急性を伝えたからなのか、診察に入れてくれました。脳神経外科。

 

 朝、10時に電話して、10時半に来てくれと言われました。今から30分で行けるわけが無いと思いましたが、「直ぐに行きます」と伝えて、車で走りました。

 

家から病院まで12㎞もあることもあり、時刻は11時近くになっていました。1階で受付を済ませ、脳神経外科の診察室の待合で座って待っていたら、直ぐに呼ばれました。

 先生に症状を言うと、間髪を入れず、「MRIを受けて来て下さい。」

 先生は症状や状況を聞いて、直ぐに血管の病気と判断したようです。

MRIを見た先生は、直ぐに「動脈解離」と診断しました。「このままだと、動脈が破れる危険がありますよ。危ないところでしたよ。」

その時の僕の血圧は180でした。びっくりしました。自分で自分の血圧の数字に驚いたのです。

自分では、自分の血圧は上が115か120位って思っていたからです。

 

 先生の説明を聞いていると、この高血圧がこの病気になっている最大の原因に感じました。勿論、それだけではないのですが、高血圧は最大の問題だった。

 先生は僕が考えていた「筋肉痛や筋違い」ではないようです。。。と言った。

 「即、入院して下さい。」「今日ですよ。」「一旦家に帰ってもいいですが、入院準備して、2時間後の午後3時には入院して下さい。」と言う。

その物言いから、余程、緊急なんだなあ、、、危ないんだなあ、、、と感じた。

 

4月30日午後4時 僕は緊急入院しました。

病室に入り、直ぐに、点滴で薬を投与されました。血圧を下げる点滴です。

180は危険すぎるのでしょうね。

 胸には心臓の状態を見る心電図のコードが張り付けられている。

 

 今日は緊急入院なので、有無を言わさずに個室に入れられた。

後で説明を受けることになるのだが、この個室は1日あたり18,000円らしい。
4人部屋にすれば、無料と言う。

 

 なぜ無料なんだろうか? 不思議である。聞き間違いか??

兎に角、14日間の入院療養を診断されている。

18,000円×14日=252,000円

 部屋代には保険は効かない。


僕にはそんな予算は無い。25万円無料かの違いでしょう?そりゃあ、無料を選択しますよね。。。(笑)

 

 しかし、後に、この違いを実感する羽目になります。


 最初の1日間は病院の配慮で個室に入れて貰ったけど、希望は4人部屋を伝えていた。

 

 5月1日。 昨日からの点滴が効いて、翌朝の血圧は急激に下がった。120位を表示していた。

 この数字を見て、先生が、薬の量を調節して少なくしていた。


朝10時 看護師さんが来て、部屋を移動します。って。
4人部屋に移動します。この日に出て行った患者さんが居て、そこに入れられました。勿論、僕に選択肢はない。病院が決めた場所に入れられるだけ。「窓際は無いですか?」と看護師さんに聞いてみたが、今空いた場所は廊下側であると言う。

場所は一人部屋より随分狭いが、ここがタダなら全然我慢できる範囲だ。(この時はそう思った。)

 

夕方、先生の指示で、血圧が下がっているので、点滴は中断して薬の投与で様子を見ると言う。点滴の管は残したままであるが、点滴の投与は止めました。

 時間が経つにつれて、だんだんと相部屋の様子が解ってきました。他の3人は常にカーテンが閉められているので、初めのうちは誰が入っているのかは全く分からない。

 

 しかし、看護師さんや医師が常に出入りして患者と話すので、丸聞こえである。

 どんな小さな物音でも丸聞こえである。ましてや、話す内容は漏らさず聞こえます。これって、まるっきりプライバシーはないよね。

 そして、これが後に頭を悩ますことになる、個々人の物音のストレスである。

 

 ベットの軋みの音。咳払いの音。寝息。いびき。おなら。ビニールを触る音。着替える音。部屋を出入りする足音。勿論、話し声。

 また、しょっちゅう来る看護師さんと患者さんの話し声は遠慮は無い。大きい声で話す。まして、耳の遠い老人の人は耐え難いような会話が丸聞こえなんだ。

 

 4人部屋のなった5月1日の夜に全てが明らかになる。

 

一人の患者さんのマナーの悪さに閉口。信じられないほどの非常識な人が同部屋に居た。

 

 平気でものすごい音でするオナラ。何度も何度も・・・。その人は健康状態も良くないらしく、大の方も、オムツなのか、オマルなのか、ウンコする音が聞こえてくるのだ。「え~~まじかよ!」

 そして、しょっちゅう押されるナースコール。そのたびに煩い。
就寝後にこれをされると、勿論、夜中であっても寝ておれない。


 このおじいさんはマナーが無い。物音が酷い。個人の携帯電話迄使い、大声で話している。他の誰も、電話なんてしない。するとすれば、部屋を出て休憩室に行って出来るからだ。人に迷惑はかけないようにするのがマナーだろう。。

 他の3人はマナー守って、静かにしているのだが、この爺さんは、トラブルメーカーである。全く寝られなかった。

 

僕は持参していた耳栓にアイマスクを直ぐに使ったが、多少の緩和にしかならない。耳栓なんか関係なく聞こえてしまう。聞きたくない物音や会話はストレスそのものである。

 

しかし、これが相部屋、4人部屋である。だから、タダなんだろう。

 

 5月2日。主治医の先生が来て

「症状は安定していますが、兎に角、静養して下さい。動脈が破れてしまう事も考えられるのですからね。そうならないために、血圧を落として、ストレスを無くして、横になっていてくださいね。連休はずっとそれでお願いします。私は申し訳ないですが、連休を頂きますので、次は5月7日になります。」

 

 僕は先生のその言葉を聞いて、愕然とした。

 

 その先生の診断で、命のかかわるからと、強制的に入院となった手前、先生の指示には従わないといけない、と考えていたが、明日からの5日間は先生は連休でお休みするんだ。

 

 そして、今、点滴を外した状態で、薬の投与だけで、横になっているのだったら、自宅で横になっているのと何が違うのか?
 自宅だと、ストレスはゼロである。ここの病室の耐え難いストレスと自宅の寝室では天と地の違いである。

 

 しかし、先生に、「自宅に帰って療養させてくれ」と言ったら、

万が一のことを考えて入院しているのだから、ここ病院で療養して下さい。

 「ここなら、完全看護。万が一の時の緊急手術も考えて、病院なら万全で最高の医療を受けられるのですから。」

 

「確かに、そりゃあそうだろうね。」そう思った。

 

 5月2日の夕方、先生が仕事を終えて帰宅する前に、僕の所に来て、「次お会いするのは、5月7日の夕方です。」

 「点滴の管と心電図のコード類や機械が邪魔でしょう?」

 「今はもう、外してもOKなので、外しましょうか?」

 「はい、お願いします。」そう答えた。

 有難い提案だ。これらがあると、シャワーすら浴びられないし、夜中に寝がえりすら自由に出来なかったのです。

 

 この日の夕食時に看護師さんと少し問題になった。

「先生が点滴の管と心電図の機械を外しても良いと言って帰りましたよ。外して貰えますか。」と言うと、

「否、それは聞いていません。先生の指示が無ければ、勝手には外せません。」

「先生が僕にそう言ってくれたのですから、先生が貴方たちに指示を出し忘れて帰ってしまったのでしょう?電話して聞いてくださいよ。」

すると看護師さんは、「難しいです。」

 

 「え、と言うことは5月7日まで、今から5日間このままですか?」

 「はい。そうなります。」

 「そんな馬鹿な・・・」

 

 僕は同室の常識の無いお爺さんのマナーの無さで、嫌気が差していた上に、この件が重なって、一気に嫌になってしまった。

 

 一晩我慢して、次の日の朝、5月3日の朝一番に、看護師さんに相談した。

 「自宅に帰りたいのだけど、可能ですか?」

 

 「え、ちょっと待ってください。担当医師と看護師長に聞かなければ…。」

 

 直ぐに医師の先生が来ました。また、看護師長が来ました。

 僕は一旦決めたら、もう止められない。

 僕としては、そう決めて口にしたのです。一旦口にしたからには元には戻れないです。    

 中途半端な気持ちでこんなことを言い出せば、逆に大きなストレスになってしまう事は明らかです。


 口に出す前に、何度も何度も自分の中で考えた末に口に出したのです。

 

 勿論それらの会話は同室の他の3人には全て聞かれているのです。

 

 「選択肢は患者である僕に有る筈だ。」って言う原則論を盾に僕は言い切った。

 

その後、不穏な空気が漂ったが、致し方ない。決めたことだ。

医師も看護師も、「万が一の事態に成っても責任は取れない」と言う様な脅し文句も口にしたが、僕からしたら、もう心は還らない、変われない。。。

 

 「了解しました。但し、主治医の先生が病院に戻ってこられる5月7日に外来で診察を受診して下さい。その後の事は主治医と話し合って決めましょうか。」

 「はい。私もそのように考えていました。もし、再入院となれば、この次は個室に入らせてください。」

 

 5月3日の夕方4時に、僕は4日間過ごした病院を退院しました。

 

なんか、不安感と、複雑な気持ちは残りましたが、正直、嬉しかったです。なんか自由な世界に戻った気持ちでした。

 

 まあ、血圧の症状は安定してきたし、頭痛も多少はマシになってきました。薬を処方して貰って、安静にしておくだけなら、自宅の方が、余程快適である。

 

 

 さて、これがこの5日間に僕に起こった全ての事実でした。

 

 今年のゴールデンウィークは人生最悪の、また初めての異例の連休に成りました。

 

 考え方を変えれば、「おかげで、命が助かった。」そんな連休に成った様にも感じます。

 僕はこの機会を好機と感じ、自分の人生の節目にしたいと考えています。

 

 後になって、「あの経験があったから、、、」と言えるような、有難い経験だったと、言いたいです。

 

 僕は、今まで、人一倍健康に留意し、毎日ランニングを10㎞走り、酒やたばこはしなくて、食生活にも凄く気を使ってきたつもりの、

 「自称、健康オタク」の筈だった僕の末路でした。笑笑

 

 大きなうぬぼれでした。

 

 僕は物凄く大きなストレスを抱えて生活しています。特にこの5年間位は、ストレスで睡眠不足が常態化しています。

 健康食なんて言いながら、過食を繰り返し、脂っ濃いものを食し、塩分も取り放題で、コレストロールがいっぱいの食事を選択してきました。

 

 馬鹿ですよ。自分で自分の首を絞めていることは明らかです。

血圧が180になるまで放置し、身体は肥満、まるで生活習慣病の典型ではないのか???

 

 「死ななくてよかった。」

 

 本心からの実感です。

 

 脳梗塞や、脳溢血、脳内出血、大動脈解離、くも膜下出血・・・

 僕は自分で、直ぐに命に関わる病気を持つ体に変えて放置してきた愚かなバカ者だったのです。

 

 男、60代にもなると、いつこのような事態に陥るのか分からないと言えるほどに、今の社会生活では生活習慣病が蔓延している。

 

 折角、人生100年と言われるような世の中に成ってきたのに、生き難い現代社会の中で、仕方なく、生活の不摂生が祟って、結果、血管が詰まって死ぬ、血管が破裂、なんて嫌ですよね。。。

 

 皆さんも、悪い僕の例を参考にして頂いて、生活習慣病に陥らないように気を付けて、毎日を楽しく、健康にお過ごし下さいね。

 

生きていてこその人生。

楽しく笑って生きられる人生。

心身ともに健康を維持して、健康寿命で100歳を目指したい…。

 

長文をお読み頂き、ありがとうございました。

 

かず