受容に関する方程式14 | ボディーワーカー小笠原和葉オフィシャルブログ

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ココロとカラダに安心を再教育していく『プレゼンス・ブレイクスルー・メソッド』を主宰、また横浜市都筑区、緑と光があふれるボディーワークスペース『BodySanctury(ボディ・サンクチュアリ)』でクラニオをベースとしたオリジナルのボディーワークを施術しています。

14でいいのか?


なにしろ、
青臭い言葉ですが、
等身大って感じなのでしょうか。


異様に何かを目指し、
その差分をはかり、
焦ったり自分の価値を下げたりという、
そういうことから注意が離れて行った中で、


ま、いいか。
しょうがないよな、これを私が得意じゃなかったりできなかったりするのは。



と思うシーンが劇的に増えまして、逆に


これどうなんだ?
なにか「あきらめて行っている」のかしら。



と、ふと疑問に思った訳です。


ふるさきさんが言っていました。


「強みとは、本当に当然に出来てしまうことで
それをやることは淡々としているので、飽きてくる」
「強みで進むことを続けていると(努力している感じがしないので)進んでいない気がしてくる」

って。


私ってこんなことが足りないわ → いかん、がんばろう

から

私ってこんなことが足りないわ → ・・・ふーん。


というこのシフトが妙に「無努力」な感じで、
そこにちょっとざわざわしたんですね。


でも、感じとしては明らかに悪くなくて
「広がってる」「よりリラックスしてる」という風に感じるのですね。


あきらめ、って何を含んでいるんだろう、って感じてみました。

きっぱりした感じはなく、どんよりため息をつく感じで、後ろ向き。
落胆、どこか被害者的な視点、自分一人の視点な感じ。


では受容は?

なにか慈しみ、みたいなものを感じるな。
一つの事実を受け入れることで、もっと大きな何か、
私全体とか、私以外の人とか、人生とかを
すべてズームアウトして「そうか~そうなのね~」と受け入れる感じ。


それで、
あきらめー落胆+慈しみ=受容

と書いていたのだけど、なーにーか
大事なパラメーターが足りない気がして。


そしたらですね!
このシリーズを書いているうちに、エサレンジャーの雅子さん
Facebookでシェアしてくれたある動画に答えがあった~。



つーづーく♪