みなさんおはようございます菊澤多門です。


毎年8月のこの時期になると

はだしのゲンとか


火垂るの墓とか


それらに類するものを見て、


「戦争は悲惨なものだ」

「今が平和な時代でよかった」

「日本はもう戦争をしちゃいけない」


たいていの方々は

そのように思うことでしょう。

仕向けられた通りに。


それらの映画や本はそんな意見を

植え付ける為に使われているものなのです。


そして「戦争」と聞くと

思考停止状態になって

なんでもかんでも反対し、

「反戦」を叫ぶ日本国民を作り出すために

一役かっているのが

はだしのゲンや火垂るの墓なのです。


たしかに、

実の弟が焼け死ぬところを見ていながら

助けることが出来ないとか

実の妹が栄養を摂れない為に死んで

少年一人で火葬しなければならないとか

そんな場面は見るに堪えないもので

私とて、はらわたが煮えくりかえります。

戦争が残す傷跡はとても悲惨です。


しかし、原爆や大空襲で

それはそれは多くの民間人が

犠牲になったけれども

それに対する日本国民の怒りが

実行犯のアメリカではなく

祖国である日本に向けられるのは

どう見ても不自然ではないでしょうか?


「勝てない戦争を始めた日本が悪い」

「有利な条件で停戦に持ち込めなかった
日本が悪い」

「アメリカとは大きな国力差があるのに
日本精神なら勝てると思うのが甘い」


このような意見はいくらでもあります。


当時の世界情勢が、そして日本が、

どんな状況であったのか?を

知る人が少ないのをいいことに

言いたい放題です。


勝てない戦争なのに何故始めたのか?

始めなければそれ以上に悪い展開が

予想されたからです。


有利な条件で停戦に持ち込めなかったのは

アメリカには勝つまで戦争を続ける力が

ふんだんにあるし、

途中で止める理由が無かったからです。


国力差があるアメリカに対して

日本精神で果敢に戦ったのは、

そうするしかなかったからです。

今、振り返ってみても果敢に戦ったのは

ベストな選択だったと言えるでしょう。


そんなことで今日は、

あの戦争は日本が悪いのか?について

聞いていただきたいと思います。

当時の日本を知る手がかりは

色々ありますが

東條英機首相(当時)が

どういう経緯で戦争を

始めることになったのかを国民に向けて

開戦当時に発表したものがあります。

当然ですが、発表した以下の内容には

間違いや偽りなどがなく

どうみても、

事実と真実であることは明らかでしょう。



ただいま戦争が始まりました。

強くて鋭い日本の陸軍、海軍は

死を覚悟した戦いを行いつつあります。

日本は東アジア全体の平和を

念願して努力していたけれど

ついに仕方なく、

交渉が決裂してしまったのです。

ついこの前までずっと政府は

あらゆる手段を尽くして歩み寄り、

アメリカとの国交がうまくゆくように

努力してきましたが

アメリカは従来の主張を

少しも譲らないばかりか

イギリス、オランダ、支那と組んで

①支那の日本兵を無条件に退去させろ

②南京の汪兆銘(おうちょうめい)
政権は日本寄りだから認めない

③日本は同盟国であるドイツ、イタリアと
手を切って仲間であることをやめろ

と要求して、

日本だけが一方的に引き下がるよう

強要してきました。

これに対して日本は、

それでも平和的に解決するよう

努力してきましたが

アメリカは何の反省もしませんでした。

もしも日本がアメリカの「強要」に

ひれ伏して従ってしまったら

日本という国の権威は地に墜ちて

無くなってしまうだけじゃなく、

支那事変を終わらせることも出来ずに

支那にまでされるがままになってしまう。

そしてさらには日本という国が

成り立たなくなって

国じゃなくなってしまう危険までもある。

こうとまでなってしまっては

日本は存在する為、自衛の為に、

断固として立ち上がるしか

なくなってしまったのです。

(原文をかなり略しています)



そして73年前の今日、

広島のみならず、

長崎にも原爆が投下されました。

「日本の首脳部が降伏しなかったから
2発も原爆を落とされたんだ」

という意見も聞こえてきそうですが、


私は「長崎」の原爆については

「広島」とは意味が違うと思うのです。

「日本が降伏しなかったから
広島は原爆を落とされたんだ」

という意見は、

「日本が悪いという事にしたい」

サヨクや反日の方々にとって

聞こえの良い部分があるかもしれません。


しかし長崎の場合は

降伏しなければどんな目にあわされるかが

広島の原爆で明らかになってきつつある中、

広島のたった3日後に警告をすることもなく

落とされたものなのです。

(警告は広島にもありませんでしたが)


私たちは広島と長崎の原爆を

絶対忘れてはいけないと同時に

何故、日本が

戦争をしなければいけなかったのか?

という東條英機首相(当時)の言葉も

絶対忘れてはいけないでしょう。


「戦争をした日本が悪い」と言う人へ。

ではあの時、

他にどんな方法がありましたか?

日本はどうすれば良かったのですか?