みなさんこんばんは菊澤多門です。


「お伊勢さん」という

愛称で親しまれる伊勢神宮。
お伊勢さんの近くには

神様が降りて来られると伝わる
夫婦岩があります。


知らない人はおられないでしょう?


「よくわからないけど
伊勢神宮はなんだか特別なところだ」と

思っている方々もおられるでしょうし

「伊勢神宮は大きいからすごいんだ」

と思っている方々もおられるでしょう。

どちらも間違えているわけでは

ないかも知れないですが

おしなべて若い方々は

特にそうだと思います。

某有名旅行会社の受付を務める人でも

そのような認識であるようなのです。


お伊勢さんの観光客が多く訪れ、

昭和天皇が宿泊されたことで名を馳せる

某宿泊施設も今では

外国人の従業員が目立っていて

韓国人や中国人の従業員が

接客をするようになりました。

私としてはそれに違和感を感じるのです。

そんなことで今日は

伊勢神宮についてのお話を聞いてください。

あらためて日本人が

伊勢神宮に行く意味を

私なりにお伝えしたいのです。


アメノミナカヌシの神という神様が

天と地をつくられて

男女の神、

イザナギノミコトと
イザナミノミコトが誕生なされます。

そして
イザナギノミコトと
イザナミノミコトは

日本列島をつくられて、

イザナギノミコトが禊(ミソギ)をされ、

黄泉の国で付いてしまった

ケガレを落としてゆくと

神々がうまれ、

太陽の神である

天照大神(アマテラスオオミカミ)は

その時
誕生されたのだと伝えられています。

日本の(日)であり、

日の丸の(日)である天照大神。

その天照大神の御神体は

伊勢神宮にあるのだそうです。

天照大神がお隠れになったとされる

天の岩戸(あまのいわと)は

伊勢神宮のすぐ近くにもありますし

天の岩戸から出てこられる時に

天照大神に向けられて

天照大神が映ったとされる

八咫の鏡(やたのかがみ)も

さまざまな噂はあれど

伊勢神宮に実在するのです。


それだけではありません。

天照大神が御孫であるニニギノミコトに

稲穂を授けられて、

ニニギノミコトが稲穂を育てて実らせ

天照大神をおまつりなされたから

私たちは当然のように

米を食べることができるのです。


「それってさぁ、
見たこと無いし。ジッサイ。
神話かナニかじゃないの?」

こんなご意見の方々も

おられることでしょう。


そもそも、世界広しといえども

神話を信じない民族が

現在の日本人以外に存在するでしょうか?

目に見えているものでなければ

信じるに値しないという、

このような次元の意見そのものが

本来、高い精神性を持つ

日本人の意見ではないのです。


「一寸の虫にも五分の」という

とても一般的なことわざがあります。

また、「良」とか「本」という

これまた一般的な言葉があります。

きっと誰もが

普通に使っている言葉でしょう。


ではどなたか

「魂」を見たことがあるでしょうか?

「心」を見たことがあるでしょうか?

無いはずです。

だけどあなたは

「魂」や「心」が

存在することを知っているし

そこにいちいち疑いを持つことなど

ほとんどないでしょう。


古事記や日本書記が

書かれるずっとずっと前から、

日本人にとって天照大神は

そのような

理屈抜きの存在であったのです。


それは「そんな宗教」なのではなくて

日本の歴史そのものなのです。

日本の歴史は遡って学んでゆけば

そのまま神話につながります。

世界で一番古い歴史書である古事記の

一巻は神話ですし

その神話を信じないとすれば

日本の歴史を信じない

という事になるのです。



天照大神の子孫である、

初代の神武天皇は

平和で豊かなこの国をつくられました。

そして収穫した作物を

天照大神にお供えなされて

それ以降、

125代の今上陛下に至るまでずっと、

すべての天皇が、
(おそらくなら2678年間もの間)

祈り続けられているのです。


そして伊勢神宮は

天皇陛下が天照大神に祈りを捧げられる

場所でもあるのです。


私たちのご先祖様はそれを尊重されて

尊崇の念を捧げてこられました。

日本人はそうした歴史と価値観を

大切にしてきた民族なのです。


個人的な感想においても

伊勢神宮で不思議な体験をしたという話は

珍しくありません。


きっと誰でも感じることができるほどの

エネルギーが満ち溢れていて

ケガレが清められ、新しくなって

天照大神とつながることが出来る場所。

私たちのご先祖様が

ずっとずっと大切にし続けている場所。
だから日本人は

伊勢神宮へ行くのでしょう。